身動きが取れないと感じる時ほど、体を大切に

日々の棚卸

 

最初に書いておきますが、

今回の内容はいつもに増して、

とてもベタなことです。

 

でもやはり、お伝えしておきたい。

 

そういうわけで…

 

こんな状態になっていないでしょうか。

 

朝早く目が覚めてしまい、

ゆっくり眠った感じがしない。

 

反対に、

 

意識が目覚めていても

朝体が起き上がれない。

 

検査では何ともないのに

胃腸が不快で薬を飲んでも良くならない。

 

やたらと体のあちこちが疼痛で痛む。

 

そして、

そんな体を無理して動かし、

仕事をし、雑事をこなし、

時には資格の勉強などということも…。

 

もう“こんなこと”やってられない、

と思いながら、

それでも体は機械のように反応して動く。。。

 

すでに、休みたい、ではなく、

この状態そのものを変えたい、

と何かにすがる気持ちになっている。

 

そうでなければ、

いつまでもこの状態が続く錯覚に

消えてしまいたい、

 

そう切に感じている自分がいる。。。

 

 

なかなか解決が見つからない状況は

あるものですよね。

 

…ですよね、と簡単に言われるのは

心外かもしれませんが、

 

事実として、

どうにも身動きが取れない、

少なくともそう感じる状況であれば、

 

まずはそう感じていることを

認めざるを得ないところまで

追い込まれているのかもしれません。

 

そうなってしまうきっかけが、

随所にあることもある、

 

つまり、

それなりの理由があるのだと思います。

 

例えば、仕事であれば、

 

直属の上司の叱責が凄まじい、

仕事のやり方がよくわからない、

こなす量が多くてついていけない、

 

などです。

 

それはやり方の問題が…、とか、

人とのコミュニケーションが…といった

外野の声はひとまず置いておきましょう。

 

外野の中には、

もう一人のあなたのつぶやきも入りますよ!

 

その上でもう一度、

振り返ってみましょう。

 

朝起きて体が動かなかったり、

眠った感じがしなかったり、

原因不明の疼痛に悩まされていたり、

 

している。

 

それでも働きながら、

もう“こんなこと”やってられない、

と思っている。

 

あちこちネットや本や人づてに

探してみては試してみるのだけど、

それらしき解はなんだか効き目が感じられない…

 

そして仕事をしていても、

もう身動きが取れないと感じている。

 

これはほんとに辛いです。

 

何せ、都合の良い解が見当たらない。。。

 

あらかじめ一言述べておくと、

『もう“こんなこと”やってられない』

という言葉にあるように、

 

本音以外の何かで糧を得ていると、

どうしても起こりえる状況ではある、

ということは言えます。

 

急場をしのぐためにいくつか試す方法は

あちこちに出回っています。

 

先の問題で言えば、

 

上司の叱責、

仕事のやり方、

こなす量、

 

のことです。

 

上司の叱責のことであれば、

 

上司を動物のように見てすかす、とか

上司の立場に立って相手を理解する、とか、

度を超えた叱責は組織の私物化であり、

その上司は無能であるとみるとか、

正直に話してみるとか、

積極的にあいさつしてみるとか、

朝早く出て仕事を始めるとか、

 

ほんとに効くのかはともかく

巷にはそんな策がささやかれているようです。

 

仕事のことにしても、

 

時間を細かく区切ってめりはりをつける、

得意なことから先に片付ける、

期初に具体的な役割をすり合わせる、

朝時間を活用して学習する、

 

など、もしかすると、

できるものならやってみれば

らしき成果はでるのかもしれません。

 

 

さて、さらにもう一度振り返ります。

 

きっと、“その問題”が改善されれば、

当座はなんとかやり過ごせるかもしれません。

 

それで解決なら、それでOK。

 

でも

『もう“こんなこと”やってられない』

のですよね…?

 

上司や仕事の量や夫や妻、

マウントしてくるあいつ、

陰口叩くあの人、

 

それはほんとに問題の本質なのでしょうか。

 

いつもあなたを追い詰めて、

あなたの日常を狂わせ、

時には病院に駆け込むことさえある、

 

そんな状態に追い込むその辛さは

どこまでが事実で、

どこまでが虚像なのでしょうか。

 

いえ、耳にするその声、その態度、

その言葉、その量、どれもが

大変であるのはその通りだと思います。

 

でもホントは、

もっと本質的なことがあって、

 

そこに取り組むことなく、

少なくとも認識することなく今を続けても、

きっと納得する改善は見られないのでは?

 

 

仕事も人の関係も、

三十年前より今の方が

“緩さ”がなくなっていると思います。

 

半世紀前に至っては比ぶべくもない。

 

もちろん、セーフティネットは

充実してきているけれども…

 

それは誰のせいでもありません。

もちろんあなたに責任はない。

 

でも事実としてそうなってきています。

 

国民国家ができてから…とやりだすと

とても長くなるので省きますが、

 

あなただからできること、

それもあなたがあなたの心や体を

あなた自身でケアし、維持してできることが

 

以前よりずっと重宝されるように

なってきています。

 

反対に、

 

“普通”なる会社員の位置づけが

どんどん低くなっているように

感じられて、

 

“普通”なる夫や妻であることが

どんどん大変になってきているように

感じられて、

 

“普通”なる生き方そのものが

もう存在しないかのように

感じられて、

 

そんな虚像に振り回されることがある。

 

そして風邪をひくことがあるように、

あなたも私も、有能に見える彼も彼女も、

誰もがその虚像に踊らされる可能性がある。

 

そんな時にできることは

体を大切にケアすることです。

 

そんな結論?と思いましたか?

 

はい。

 

今すぐできることで、確実に必要なことは

そんなことです。

 

身動きが取れない、と感じているのだから

心は当然ケアが必要でしょう。

 

ですが、それは体のケアと連動して

威力を発揮するものです。

 

できるだけ休息の時間を取りながら、

適度な運動を日課にしましょう。

 

睡眠をとりましょう。

 

バランスの良い食事をとりましょう。

 

深呼吸をして、できれば静かな時間を

持てるといい。

 

アルコールやタバコや薬物や、

大量の食事や大音量の音楽や、

そういったもので内面を欺かず、

 

体の中の感覚とゆっくりと向き合って

見てください。

 

いつもの言葉になりますが、

一朝一夕で解決しないからこそ、

私たちはいつも追い詰められた感じになります。

 

一朝一夕で解決しないということは、

長い年月の間に積み重ねてきた生き方が

そこに色濃く反映されているとも言えます。

 

だから、そこに気づく端緒であり、

同時に対処の一端でもある体を大切にすること

 

これからどう動き、何を変えていくにしても

体が基礎になって感情・情動を

受け止めます。

 

少しずつでいいので

体を大切にするための習慣を自分なりに考えて

取り入れてみてください。

 

ー今回の表紙画像ー

『大量』

うちで飼っているウナギ君のエサ取りに行った。

ガサガサとタモを水中で一かきしたら、大量の魚が…。

極寒の水の中だけど、いるところにはいるもんだ。。。