人には大なり小なり人生を左右するような
出来事がありますよね。
あなたにもあるでしょう。
どんな出来事がそれに当てはまるかは、
人によって異なると思います。
哀しい出来事、
嬉しい出来事、
楽しい出来事、
腹が立つ出来事、
絶望的な出来事、
同じ出来事だったとしても
感じ方は人により異なるでしょう。
進学、卒業、就職、結婚や、
一昔前から定着してしまった感のある
離婚、解雇といった出来事、
致命的な病気や別離、身近な人の死、
失恋、破産など、
可能な限り避けたい出来事、
世の中の一般的な流れに沿った
出来事もあれば、
あなたオリジナルのタイミングで
起こった出来事もあるでしょう。
いずれにしても、
その出来事があなたの人生に
大きく作用したならば、
別の言い方をすれば、
その出来事であなた自身が
自分の生き方を変えない限り、
心が破綻してしまったり
身体が倒れてしまったり
廃人になってしまいかねないような
そんな出来事であったならば、
それは単なる偶然、偶発的に
起こった出来事などではなくて、
あなたにとっての絶妙のタイミングで
起こったことなのかもしれません。
あなたやわたしのような、
人には感知しきれない
目に見えない力学がはたらいて
生き方、生きる方向を新しくするための
メッセージを告げているのでは
ないでしょうか。
★
父が家を出て家族の形が壊れたことが
はっきりしてしまった時のことを思い出すと、
当時の哀しみに包まれた感覚が
今も体の中に甦ります。
それによって、
日常に支障をきたすこと、
つまり、
寝込んでしまったり、
人とうまく接することができなくなったり、
勘所が働かなくなったり、
ということはありません。
若い頃のように、
パニックに陥ったり、
意味の分からない憤りを覚えたり、
ということも、もちろんなくなりました。
その後の長い時間の中で
仲間やカウンセラーに助けられながら、
身体にあらわれる感覚と都度対話し、
続いて、
心理カウンセリングを学ぶ中で
体感的にメカニズムを理解できたからです。
私を襲い迫ってきた感情、身体の感覚を、
それらが起こっていた過去の時間に
そっと戻ってもらい、
今を苦しめることがなくなったから、
というのもあります。
私を襲っていた感情
~本当はもう一人の私が訴えていたのですが~
に、
適切な大きさになってもらい、
適切な場所と時間の中に
戻ってもらったことで、
それらに支配されることはなくなりましたが、
それでも、
静かな環境で思い出すと、
今も胸の奥がうずくことはあります。
それほどに、自分にとっては
大きな出来事だったのだな、と
今さらながらに感じます。
★
自分が落ち着いたと感じたある頃から
なぜ自分に、しかもこのタイミングで
こんなことが起こったのだろう、
と考えてみたことがありました。
おかしな問いかな、
と思ったこともあったのですが、
何かが引っ掛かっていて、
その問いから導き出せることがあるような
感じがしていたのです。
今はある程度広まりましたが、
家族と言うのは一つのシステムだ
と言う考え方が、
精神医療や心理学にはあります。
システムとはそれ自体が存続するための
機能する仕組みを内包していて、
家族もその一つだという考えです。
例えば、
父と母と私と妹、四人からなる家族を
継続させるために、
四人それぞれが、
(無意識的も含めて)その家族を継続するための
生き方を日々選択します。
当然ながら、
成員の一人がおかしくなれば、
それをサポートするように周囲が
振舞うことになるわけです。
特に、父親や母親が機能しなくなると
子どもは必要な糧を得ることが
困難となるので、
母親(妻)は父親(夫)を、
子供は親を機能させるために、
傍から見ればおかしなことでも
必要なことと感じて行うようになります。
親の代わりに稼いで家計を賄ったり、
親の泥仕合の仲介役になったり、
親の慰め役になったり、
ということは、
意外に少なくない事例ですし、
勉強や運動や仕事も、
その動機が自分のためでなく
親目線になっていることもまた、
少なくありません。
一言で言えば、
当人たちが歓んで行っているのではなく、
あたかもそれしか選択肢がないと
思い込んで生きている、ということです。
極端な例は時折取り上げる
依存症者がいる家族ですが、
そこまでいかなくても
大なり小なり、良くも悪くも、
それが家族のメカニズムに
組み込まれているのは事実です。
私の父と母の、言動、有する価値観、生き方が、
当時の他の大人たちから乖離するほど
おかしかったとは思いません。
ただ、彼らの一挙手一投足、
彼らの世の中の見方、接し方、受け止め方、
自分の意思でコントロールしようとすること、
それらが積み重なる中で、
ある方向の力に耐えきれなくなった、
あるいはそう感じた世界が、
ある時終焉した、
そのプロセスには、
自分たちの見える範囲、
感じられる範囲、
制御できる範囲を超えたところの
何かまでが作用したと考えると
あの時あの出来事が私の家族に
起こったということが、
感覚的に理解できるのです。
あるいはバタフライ効果のような
と考えてもいいかもしれません。
スピリチュアル、霊性の話かと
思われたかもしれませんし、
それを否定するつもりは毛頭ないのですが、
コトはもう少し現実的、リアルな話で、
自分たちの見える範囲、
自分たちの感じられる範囲、
自分たちの制御できる範囲、
を人生の全てと捉えてしまったこと、
その外側にある有形無形の何かが
実は人生に大きく影響することがあること、
特に人に対して、
いつの間にかそんな考えに
包まれてしまっていたこと、
様々な物事は、
自分たちの範疇を超えたところを通って
出来事に反映することがあること、
もしかしたら、
そんな可能性まで考えていたとしても、
いつしか日常の中から
すっぽりと抜け落ちてしまっていたのかな、と
思ったのです。
目に見えないもの、意志の力を超えた何かを
信じることの大切さを説く言葉が、
思い出したように、
世の中を駆け巡ることがあります。
私(息子)が家族のもとを離れて
一人暮らしを始めた時
表面的な家族の形が変わりました。
それまでなら、
夫婦の仲介役だった息子が消えた、
それをきっかけに
衝突から生じる軋轢、苦痛から
お互いを受け入れる方向に
行ってくれていれば、と
思うことが今もあります。
父も母も当時の他の日本人同様、
敗戦で荒んだ田舎で育ち、
生きることそのものに苦労したこともあって、
子どもが良い大学、良い会社に入って
生きることが、
自分たちの願った幸せを体現することだと
考えていたのでしょう。
ただ、家族は無条件でそこにあるものと言う
間違った受け止め方、
それが招いた目に見えない力学が働いて
形が崩れるところまで来てしまった。。。
家族を失って実現する
良い学校への進学や
良い会社への就職や
良い稼ぎを得ることとは、
いったい何なのかと言う疑問には
行き当たらなかった。
互いが望まない衝突と疲弊、
共食いのような傷つけあいを続けてまで
何をしたかったのか、
その様相自体の中に、
本当は生き方を転換するメッセージが
あったのではないか、
というか、
間違いなくあった、
そう思うのです。
努力とか、気合とか、勝負とかは、
そこにある大前提、大目的があるからこそ
選択肢の一つとなり得るだけの話です。
それに気づけないまま
社会の評価を優先してしまう必要が
あるとも思えません。
大好きな父と母、
可能な限り必死に子供を育てた二人だから、
自分にできることはなかったかなと
今も思います。
★
2015年に93歳で他界された
漫画家の水木しげるさんは、
以下のような言葉を残されています。
- 成功や栄誉や勝ち負けを目的に、ことを行ってはならない
- しないではいられないことを続けること
- 他人との比較ではなく、自分の楽しさを追及すること
- 好きの力を信じる
- 才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得る
- 怠け者になれ
- 目に見えない世界を信じること
あの軍国主義の時代にも
マイペースに生きていたそうで、
だからこそできたのかもしれませんが、
大切なことを伝えてくれています。
だからというわけではありませんが、
メッセージを直感的につかんだら、
怖いけれども変わる時なのでしょう。
自分に生じた壁は、軋轢は、苦痛は、
変化のメッセージです。
どう変化したらよいかは、
あなた自身の人生によりますが、
何某かの問いかけを人生から
投げかけられている、
ということは間違いありません。
ここで躓く人は少なくないですが。
変わる最大のポイントは
変わらない、変わる前の自分を
しっかりと受容することです。
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ー今回の表紙画像ー
『朝見上げたうろこ雲』
朝起きて見上げた空には、しっかりと秋がいた。
飼っているウナギの餌取りに川に来ました。
昨日の雨が嘘のように快晴で、遠くの山並みも美しい。
水は雨後の濁りがあるけれど、
あまり知られていない小道を水際まで降りていき、
タモでガサゴソすると、
鮎が採れた。
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