存在そのものに対する誇り

日々の棚卸

 

根拠のない自信と言う言葉。

 

誰もがどこかで聞いたことがある

言葉だと思います。

 

根拠のない自信がとても大切だ、

そう言われる方も

大変多いように思います。

 

巷の一般的な方から

偉業を成し遂げたスポーツ選手、

果ては精神科医や大学の先生まで

実に多岐にわたる方がそうおっしゃる。

 

根拠のない自信があれば、

大丈夫なのだ、と。

 

この言葉を初めて聞いたのは

社会人になって間もない頃のことで、

 

それまで気合と努力で生きてきたためか、

なんとなくそんなものかなと

思っていました。

 

今は違います。

 

根拠のない自信が大切、

というわけではない、というより

根拠のない自信などない、

そう考えています。

 

正確に言えば、

当人が自覚しているかどうかは別として、

自信には根拠が伴う、と言う意味です。

 

 

自信とは、それが何であれ、

何かの根拠・理由があって

持つものではないでしょうか。

 

かつて某欧州のスポーツ選手が、

自信が必要なら自信を持てばいい、

と言っていたのを聞きましたが、

 

それができないから困ってるのであって、

実際、現実にそれで自信が持てる人は

少ないと思います。

 

そもそも、根拠のない自信とは、

何なのかという疑問が、

私にはありました。

 

そして、自信がないと思っている人が

そうまでして根拠のない自信を

得ようとするのは

 

本来あり得ない、

安心を得たいのかな、とも。

 

中には、

自信を感じられるようになる人も

いるかもしれませんが、

 

自信を見失った状態が深いほど

それはレアなケースだと考えます。

 

 

今、何かをやろうとしているとします。

 

かつて学校で学んだ勉強の再開でも、

次回の会議のプレゼンテーションの

準備でもいいでしょう。

 

今年中に100万円貯金するでもいいし、

今年中に婚約するでもいいでしょう。

 

それらを実現するために、

 

頑張る、工夫する、とか、

達成するための計画を立てる、

 

そうやって行動できるのであれば

それはそれで素晴らしいことです。

 

ですが、自信が持てない方が

それらを実行しようとする時、

自分の中に生じるもう一つの相反する

感情があって、

 

それはおそらく、

次のようなことではないかと

推測しています。

 

そんなことして何になるのか。

そんなことしても、『本当の』願いは

かなわないよ。

 

そんな感覚が、無意識の底を

流れているのだと。

 

その感覚を当人が意識できているかは

わかりません。

 

というより、多くの方が少なくとも、

明確には意識できていないでしょう。

 

なので、

うまくいかない、

人間関係がとても混乱している、

 

とか、

 

結果がついて来ない、

計画通りに動くことができない、

計画にどうにも無理がある、

 

そして

“だからうまくいかない”、と

これもやはり無意識の底で

残念なほど力強く思い込んで

しまっているのかもしれません。

 

先に、

自信が持てない方の本音は、

 

そんなことして何になるのか。

そんなことしても、『本当の』願いは

かなわないよ、

 

そう無意識の底で感じている、

と申し上げました。

 

この感じ方とセット、

あるいはコインの裏表の感覚が、

“だからうまくいかない”

となるのです。

 

これは、メタファです。

暗喩とも言いますね。

 

今、根拠のない自信を持ってでも

やろうとしていることは、

実は今やるべきことではないよ、

 

例えそれが大金持ちになることでも

スーパースターになることでも、

結婚や転職であっても、

今やるべき最重要なことではないよ、

 

それをやるならやるでいいけれど、

それ以上に、それ以前に、

もっとやるべきことがあるよ、

 

そんなことを伝えようとしている

無意識からのメッセージでは

ないでしょうか。

 

そのメッセージとは何でしょうか。

 

例えば、

今もPTSDとなって引きずっている

過去の心の傷の手当かもしれません。

 

何かをうまくやれなかったり、

誰かを傷つけてしまった自分自身を

許すことかもしれません。

 

もっと素朴に、

 

身体の調子を健康に

整えることかもしれないし、

 

両親や兄弟姉妹と

和解することかもしれません。

 

人の温かさを信じられるように

なることかもしれません。

 

そういった、

 

自分の人生を主人公として生きるために

無意識が最も求めることを後回しにして、

根拠のない自信が欲しいと感じることを

やろうとすることは、

 

実行するアクセルを踏み込みながら、

同時にそんなことやってる場合じゃないと

ブレーキを踏むことと同じです。

 

人生の推進力が全く正反対の方向に生じ、

心も体も引き裂こうとするかのように

生きていることに気づいていただければ、

 

と思います。

 

自信と言うのは、やれる、いける、

という感覚であり、

 

極論すれば、生理反応レベルで、

例の自信がみなぎっている、

という状態になることです。

 

そこには、意識的に、

自分はこういうことをやってきた、

こんなことを達成してきた、

 

というものから、

根拠のない自信と言われるものまで

あるでしょうが、

 

後者は、無意識のうちに蓄積された、

自分がとことんまで肯定された、

(と思いこんだ)

 

原初の記憶までを含めた、

自分の存在や自分の言動を

受け止められた感覚に基づいています。

 

つまり、根拠はあるわけです。

 

余談ですが、

自信を持てと言う言葉の類似語に、

プライドを持てと言う言葉がありますが、

 

少なくとも日本語として使用される

プライドと言う言葉には、

成功者を目指せ、とか、

気合が大切、とか、

そんな意味合いを感じてしまいます。

 

根拠のない自信を欲する人が

本音で必要なことが、

メタファに気づいて、

最優先で自分が実施すべきことに

気づいて実行することだとすれば、

 

その最優先の一つは、

 

自分が生きてきたこと、

自分の存在そのものへの愛着に基づく

眠っていた『誇り』を蘇らせることこそが

何をするかの基準にして選択することです。

 

繰り返しになりますが、

根拠のない自信を欲することは

少なくとも今すべき

最重要な事項ではありません。

 

強烈な感動とか、

凄まじいエネルギッシュな日常の再来には

ならないかもしれません。

 

しかし、静かに、安定して、

自分の内側に少しずつ、

それでいて確実に安心と力強さとを

醸成してくれます。

 

あなたの見失った、

眠ったあなた自身の力を

もう一度取り戻しましょう。

 

 

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ー今回の表紙画像ー

『雨の藤沢駅北口』

所用で出向いた。雨のせいかいつもと比べて人はまばらだった。