マイクロマシンをご存知でしょうか。
マイクロマシンは、
日本が提唱者と言われています。
1990年ごろに我が国が主導した、
半導体製造やレーザー加工など
最小でマイクロメートル
(10-6m=1/1,000,000m)オーダーの
機構を制御してLSIを製造したり、
微細加工などに用いられています。
米国では
MEMS(Micro Electro Mechanical System)
とも呼ばれています。
当然ですが、
観察しようにも裸眼では
かなり厳しいのではないでしょうか。
ちなみに、感覚的には、
私たちの髪の毛の太さが
100μm前後だとか。
…う~ん、もしかすると、
見える人にはギリギリ、
なにかあるのかな、くらいには
見えるのかもしれませんね。
さて、このマイクロマシンより、
さらに微細なナノマシンというものも
あります。
ナノマシンは10-9m=1/1,000,000,000m)
オーダーという、
分子原子サイズの機構で、
この制御をおこなう概念が提唱されたのは、
1950年代だといいます。
より小さいサイズのマシンが
大きなサイズより先に提唱されたのは
何だか不思議な気もしますが、
分子という具体的な物体を
念頭に発想していたが故に
思いついたのは早かったのかもしれません。
『カウボーイビバップ~天国の扉』では、
このナノマシンを題材にして
物語が展開されていて、
やっぱりこういう使い方が事件性を
産むのかなあと思いながら見ていました。
一つだけ言えることは、
マイクロマシンの単体が
眼に見えない以上、
ナノマシン単体は
間違いなく目に見えないということです。
さすがに視力5.0とかでも
裸眼で見るのは無理でしょう。
理屈がわかっているわけですから、
こうしたらこうなる、ということだけは
つくった人にはわかります。
でも、目には見えない。
これは量子論の世界では
より顕著、というか、明白です。
量子の世界では、
そもそも粒子(量子)は
確率論的に扱われます。
なぜなら、
観測する行為そのものが、
量子の挙動?に影響を与え、
正確な測定ができないからです。
これに反論するアインシュタインが
「神はサイコロを振らない」と
言ったのは有名な話ですね。
きっと人類の科学が進めば、
量子の測定が可能となる日も
くるのかもしれませんが、
ここではそのことは置いておくとして、
要するに、量子もまた
目に見えない、ということ。
当然というべきか、
五感で感じることはまず不可能でしょう。
私たちを取り巻く存在には
そういった五感で感じられないけれど
とても身近なものがあります。
例えば、
インフルエンザウイルスは目に見えません。
匂いもなければ感触もなし。
味も匂いもなし。
でも確実に存在して、
私たちの身体に、時には心にも
よくない影響を与えます。
あれに罹患すると、
苦しいですよね。
のたうちまわりますよね。
もうダメじゃーなんて思いますよね。
高熱が出て、身体の節々が痛くて、
一度かかった人は「もう勘弁」となる。
そして毎年、
冬の乾燥する季節が訪れると、
マスクをしたり、手洗いうがいをしたりして、
それぞれにケアを行います。
決して、“奴ら”が眼に見えるから、
ではありませんよね。
花粉症もまた、そういった、
もっとも身近な存在の一つです。
目に見えず、耳に聞こえず、
触った感じもなく、
匂いも味もないのに、
しっかりと物理的に影響する。
もっとも、
木々から大量に放出される際には
空が黄色に染まりますが、
単体のサイズはほぼ、
マイクロマシンと同じか、
それより少し小さいくらいで、
裸眼で認識できる人は
わずかでしょう。
インフルエンザと同じように、
体へ症状が直にあらわれるからこそ、
誰もがその存在を認識できているわけです。
そういった五感に感じられないものを
とりあえず『存在』と呼ぶとするならば、
『存在』の中には、
直接、あからさまに、即、
影響が出てこないものもあります。
これは、
世の中で使われているスピリチュアリティの
本質的な部分でもあるように思います。
私たちが感知できない世界がある。
正確に言えば、
感知しているかもしれないけれど、
それを意識できない世界がある。
つまり、
すぐには感知できない、
明確には感じられない、
そんな世界があって、
その世界を形作る『存在』があって、
長いスパン、
それも医療の追跡調査よりもずっと長く、
世代をまたいで見ていくことで、
ようやく認識できるような世界を
想定することは
特におかしなことではないと思います。
2015年に亡くなられた
漫画家の水木しげるさんは、
目に見えない世界を信じよ、と
言われ続けていました。
水木さんにとっての目に見えない世界が、
妖怪の世界なのか、
亡くなられた戦友の方々の居る世界なのか、
それはわかりませんが、
一つだけ言えることは、
私たちの限られた知覚と、
これまでの経験だけでは
『理解・判断できない』
『意味がわからない』
そんな現象が生じる
世界のことだとは言えると思います。
それは私やあなただけでなく
あらゆる人々にあてはまると言っても
いいのではないでしょうか。
だから、
今を肯定しろ、とか、
今の場所に留まれ、とか、
そういうことをお伝えしたいのでは
全くありません。
今が自分にとっては、
ある種の“理不尽”な状況にあるとしても、
今の環境に身を置かせていること、
今の自分が反応している状態、
世界との接し方が、
五感に感じられない何かの影響も含めて、
あらわれている世界だとすれば、
そこにある大切なことが何かを
示してくれているのではないか、
ということです。
今が苦しかったり、
行き詰ったりしていて、
この先も良いことがなさそうに
“感じて”いたとしても、
五感に感じるものだけから
絶望したり、未来がないと悲観することなく、
心と繋がる祈り、信じる世界を
想い描いてみてください。
無知の知ではありませんが、
あなた自身を超えた大きな力が
あなたをあなたにとって最も適した
場所へ導いてくれると“信じて”、
もう一度、世の中と接してみませんか。
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ー今回の表紙画像ー
『雪国に行ってきた。』

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