その昔、私にとっての三大好物は
カルボナーラ。
大トロの握り、
カナディアンクラブ(バーボンウイスキー)
でした。
もちろん他にもいろいろあったのですが、
3つ挙げろと言われたら
迷うことなく上記を挙げました。
今も好きだけど、
昔みたいに頻繁に口にすることは
かなり減りましたね。
どんな好物も
そればかり食べ続ければ飽きますが、
そこまでひたすら食べられるほど
余力がなかったので
あきることはありませんでしたが、
もっと飽きるほど食べ続けて
みたかった気はします。
食べ物以外でもいろんな好きがあります。
好きな風景、
好きな映画、
好きな相手、
好きなスポーツ、
好きな趣味、
好きな仕事?はおいといて、
好きな国、
好きな季節、
好きな本、
好きな天気、
好きな魚、
好きな…
う~ん、
挙げればそれこそきりがありません。
きっと、
人の数だけ、
費やした時間の分だけ、
嗜好の種類だけ、
いろんな好きがあるのだと思います。
その時の気分で変わる好きもあるし、
ずっと安定して好きもある。
あなたもそうでしょう。
昔はそれほど好きでなかったり、
どちらかといえば嫌いな部類のものが
年を取ったら意外に好きになった、
ということも、
少なくないのではないでしょうか。
他にも、
何となく好きとか、
こんな時に好きとか、
安らぐから好きとか、
何はともかく大大大好きとか、
これもまた枚挙に暇がないほどの
種類があると思います。
ともかくも、
好きを感じられるということは、
それだけでも幸せなことなのだと、
かつて
怒りと哀しみ以外の感情が麻痺して
その現実に苦しんでいた頃を振り返りつつ、
切にそう思います。
★
好きを感じられないことは多々あります。
好きを感じようにも、
落ち込んでいてとても余裕がない、
好きを感じられる環境にない、
そもそもなぜ感じられないのか理由が
よくわからない、
などです。
急性的な状況にせよ、
慢性的なそれにせよ、
心がまいってしまっていると、
それが体のセンサーを麻痺させ、
好きの感情が波立ち騒ぐ機能がオフに
なってしまい、
好きを感じることができません。
好きを感じる感覚をONにしていると
そこに耐えがたいほどの
辛さや痛みが侵入してくるからです。
日常に好きを感じられているかどうかは
あなたの心の健康の度合いをみる
ごく基本的なバロメーターです。
追い詰められていて、
自分なりの幸せな未来が欠片も見えず、
そのままの自分で十分という感覚を
見失ってしまうと
好きの感覚もまた影を潜めてしまうんです。
★
自分にとっての好きとは何かを
挙げるとすれば、
実際にそう感じられるかどうかは別として、
全くないという人はいないでしょう。
日常の中の何かから
自分ユニークの特別な何かまで
何某かあるのではないかと思います。
ですが、
好きを突き詰めて大切というところまで
落とし込むことになると、
自分が本当の意味で何が好きか、
何が大切かということは
意外に答えられないことが多い気がします。
理屈ではわかっているけれど、
ということになってしまい、
心身でそう感じられているか怪しい
ということなんです。
好きを感じられることが大前提ですが、
日常の中に好きを認識できているなら、
その好きを皮切りにして、
自分が奥底で本音で惹かれる何かを
見つけたいものです。
なぜならそれこそが、
あなたの人生を生きる根源的な
ドライブフォースになるわけで、
しかもその何かは、
好きともつながっているのですから、
それを追い求めていくことが
そのままあなた自身を生きることに
つながるからです。
好きには階層がある、
そう考えるとあなたが心の奥底で惹かれるほど
好きな何かを認めやすくなるかもしれません。
あまり良い例ではないですが、
ふいに頭の中に浮かんだので、
共感を得られないことを承知で書くと、
寒さの感じ方にも階層があって、
寒い<痛い<重い
(右に行くほど寒さが厳しくなる)
という体感があります。
真冬の北極圏などはもう、
寒さを通り越して痛い、それも麻痺して重い
という言葉通りなんですね。
……すいません…
好きと寒さを一緒に語るなんて…
ごめんなさい。
言いたいのは、とにかく好きにも階層がある
ということなのですが、
浅い方が軽くて、深い方が優れているとか
そういう意味ではありません。
ただ浅い方を日常の楽しみ、
深い方を奥底の何かと置くと、
先に述べたようにそれらはつながっています。
最初に、
好きな風景や好きな趣味など
幾つかのカテゴリーライクなワードを
挙げましたが、
そういった日常の中の何かから
心の海にダイブしていくと、
ちょっとしたワクワクとかドキドキとか
デリシャスといった好きが
深さに応じて少しずつ変化していって、
落ち着いた静かな風景だったり、
愛おしい人とのワンシーンだったり
永遠に覚えていたい懐かしい時間などに
たどり着くことができます。
そこでは
自分を育んでくれた感覚が土台や柱となって
あなた自身の内的世界が構成されていて、
あなたが戻ることができる場所であると同時に、
あなたがこれからを生きる力と安らぎを
与えてくれる場所でもあるわけです。
好きを感じられない人はもちろん、
好きを感じて日常を過ごす人にとっても、
見失っていた何かを見つけることができる
場所であるかもしれません。
もしかすると、
案外嫌っている人の陰に隠れていて、
その人の別の側面だったりすることもあるでしょう。
それは、あなたにとっての新しい宝物となって
これからを生きる勇気を与えてくれます。
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ー今回の表紙画像ー
『河津桜満開』
近所の公民会の河津桜が満開になった。
季節は確実に進んでいます。ああ、大好きな冬が終わってしまう。。。

桜アンパン。
本日たまたま寄った近所の自家製パンを売ってる店で
思わず買ってしまった。
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