1.要約
20世紀末に米国で出版された本の翻訳版で、原題は『I don’t want to talk about it.』。
抑うつや引きこもり、家族不和、依存症や暴力など、一般的にも心理療法で扱う症例を、男性に特有のプロセスという観点から述べている。
例えば、鬱病は女性が男性の2~4倍も多いという統計があるが、これは鬱病を非常に狭くとらえた結果算出された数字で、本来の鬱病の意味から考えるとこのような差はないというのが筆者の持論。鬱病の本質は情け容赦なく自分を責めて追い込むことだが、男性と女性の間における自己表現の文化的な違いがこの統計に表れている。つまり、女性は(少なくとも執筆時点では)怒りの感情をストレートに表現することを抑える躾が行われるのに対して、男性は泣く・哀しむ表現が許されづらい代わりに怒りを直接表現したり、あるいは陽気にふるまうことでタフネスを演出するよう教育されている。その結果、女性は怒りが内に向かっていわゆる世間でいう典型的な鬱症状を呈するのに対して、男性はその数が女性より少なくなるのだという。男性の場合、怒りに依存していたり、教師からどれだけ叱られてもバカ騒ぎをやめない生徒などは自己懲罰を忌避する「隠れた鬱病」としてカウントすべきだと持論を展開している。この「隠れた鬱病」を本来の鬱病に戻すことが、単に症状を改善するのみならず、クライアントのそれまでの生き方を振り返らせるきっかけとなる。
また、症例として、休暇の間中テレビを見続けたりスナック菓子を食べ続けたり(アノレキシアブリミア=摂食障害とは別)することを繰り返して、人と会うことを避ける50代の男性を例に、これらの行為を自尊心の穴埋めにあてているのであれば、このような行為(自尊心の人工透析)は全て依存(嗜癖・アディクション)となりうること述べている。
詳細は下記に譲るが、著者自身が両親、特に父親との関係で多大な悪影響を受けてきており、各症例の合間に幼いころからセラピストとして独立した後までの親子関係の変化を並行して語っているところは、読者が問題を身近にとらえる。
本著作は、著者の3冊の本のうち、唯一日本語に翻訳されたものである。
2.著者について
テレンス(テリー)リアルは、米国の臨床心理士。
Relational Life Institute(https://www.terryreal.com/)代表。夫婦やカップルの関係を専門領域としているようである。
働かない父親と共依存(Co-dependency)の母親の家庭の長男として生まれ、幼少より、トラブルを起こす問題児だった。大人になってからは鬱病を発症、ドラッグにはまり、治療を経てこの分野につながっている。父親から受けた教育という名の暴力、見て見ぬふりをする母親、不安定な家計、混乱した家族の価値観が及ぼす養育への影響などを克服し、現在は治療の場で出会った女性と再婚、2児の父親である。
3.気づき
各症例と解決までの道筋の説明とともに、著者自身の親、特に父親との関係の改善のプロセスを語っている。自己に寄り添うことより優先しがちな、両親の不遇な過去について同情したり突き放すわけではなく冷静に見つめ、関係を改善している。
この分野(心理、メンタル)のクライアントは女性が主流であり、一般的な解決事例や解説として扱われるものも実際には女性のであることが多い。この本はそういう意味からも画期的だが、内容が自らの経験を心理学とうまく融合して語られていて、男性が自分事として読みやすく書かれている。表出する症状が男性に特有のものであることは、この領域で解決が期待できるクライアントが男性にも多いということにもつながる。回復過程に必要なこととしてよく語られる、自分に寄り添うこととともに、自らを律することの必要性を記載しているのは、往々にして柔らかい言葉で終始しがちなこの分野の著作として至言だ。
症例をひも解く論理にいささか米国的な背景(男性と女性の区分けなど)が見受けられるが、読み方を間違えなければ我々日本人にとっても十分通じる内容だ。
4.どんな人におすすめか
様々な関係性の問題で悩んでいるクライアント候補としての男性はもちろん、身近な男性(伴侶や恋人のみならず父親、兄・弟、息子など)の問題で困っている方にとっても、一読の価値があると思います。読んですぐ解決、ということはあり得ないですが、現状の把握と何をしたらよいかの新しい視点からの示唆が期待できるのではないでしょうか。
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