ポジティブシンキングはどこ行った?

日々の棚卸

 

何かちょっとした出来事があると、

悪い方に受け止めて、

いつの間にか落ち込む、

 

そんなことはないでしょうか。

 

過去に起こった良くない出来事が

あたかもこれからも起こり続けるかのように

未来に不安を投影して、

 

実際に何か事が起こるたびに

悪い方へ解釈して、

元気をなくすことが日常的になっている、

 

そんなことはないでしょうか。

 

当然と言うべきか、

今現在に起こっている出来事をも、

良くない方向に捉えて、

 

何が自分に降りかかってくるんだろう、と

どこかで恐れおののくことが続き、

心が疲弊してしまっている、

 

そんなことはないでしょうか。

 

すでに起こってしまった過去のこと

今目の前で起こっている現在のこと

これから起こるかもしれない未来のこと

 

変えられない過去に対して、

現在と未来は、少なくとも自分の対応は

変えることができる…

 

にもかかわらず、

やっぱりいつも悪い方へわるい方へと

予測し、解釈し、

 

それをあたかも決定事項であるかのように

自分のみに必ず起こることとして、

自らをやりきれない気分にさせている。

 

日本人は不安になりやすいという性質も

相まってかもしれませんが、

 

きっと、少なくない数の方が、

自らのそんな特性に苦しんでいて、

 

だから一時、いえ今もたまに

“ポジティブシンキング”が

言われるのかもしれません。

 

 

確かに、

ポジティブシンキングは一時流行り、

もてはやされたことがありました。

 

実際、

うまくはまる人には、

良い方法であるようですが、

 

大方は、何度か試してみた後に、

 

「良いことがあるわけでもなければ

勝手にポジティブになったところで

嘘くさいだけ」

 

「無理にポジティブに考えたところで

結局良いことなんておこりゃしない」

 

という感じで、

使われなくなったのかもしれません。

 

“ポジティブ”をググってみたところ、

積極的、前向き、正、と言ったような意味が

出てきました。

 

多分このまま当てはめてしまうことで、

 

ポジティブシンキングというものを

本質的な意味で活かす解釈に

なり得なかったのかなと思います。

 

ポジティブシンキングを用いることと、

結果としてそうなる場合があることを

あたかもイコールで並べてしまうのは、

 

本末転倒ですから。

 

では、

ポジティブシンキングの意味って

どう考えればいいのでしょうか。

 

明るく楽しく振舞っていれば、

物事もそっちの方に流れていって、

いろんなことがよくなるよ、

 

という解釈をして、

試しては見たけれど、

 

疲弊するばかりで、

さして良い方向へいくこともなく、

そのうちやらなくなってしまった、

 

というところが、

一番多いパターンのようです。

 

いやいや、

それはやりかたがよくないんだよ、

 

本気でそう思わなきゃ、

ポジティブシンキングの通りには

ならないんだよ、

 

という意見も聞いた記憶があります。

 

でもそれは、

考え方ではなくて感じ方を変えろ、

と言っているわけで、

 

そう感じてないものを、

そう信じていないものを

変えろというのは、

 

考え方を変えるという論理の変更と違って、

かなりの無理がありますよね。

 

それができれば苦労しない、

の典型だと思います。

 

ですが、この“ポジティブシンキング”、

使い方によっては、

 

しっかりと効果を得られるのではないか、

と思って取り上げています。

 

 

良い面を見るようにする、

自分も生き、他人も生かす、

白黒思考を排する(たいていはグレー)

 

どこかで聞いたことのある言葉も

入っているかもしれません。

 

“ポジティブシンキング”の

本来の使い方は、

 

これらの言葉をもとに様々な可能性を

腑に落とし込んで

冷静に試してみること、

 

ではないでしょうか。

 

少し詳しくお話ししますが、

最初に申し上げたいことは、

これらを自分で実践する、ということです。

 

では使い方。

 

何か不安が頭をもたげるようなことが

身近にあるとして、

 

自分では変えられない起こりえることを

自分の思い込みを排した上で

一元的ではなく多元的に考えること、

 

その中から、良い面、良い点を見ること、

自分も生き、他者も生かす道を探ること、

 

それらをしっかり行うと、

たいていは白黒ではなく曖昧な部分が

あることが明白になります。

 

そして、それらは

実際にどうなるかなどわからないこと

 

故に自分にできることをしっかりとやって

後はしっかりとやった自分に寄り添って

静かに結果を待つようにすること。

 

言葉にしてしまえば、それだけ?

という感じで

何だか妙に整然としていますが、

 

行うことは

これ以上でもこれ以下でもありません。

 

先に、

自分で行うことがポイントだと言いましたが、

 

もう一つ申し上げたいことは、

これは全て習慣で出来上がっていることを

知ってほしいということです。

 

悪い受け止め方も想像も、

そしてそれらがいつの間にか既成事実として

起こるかのような感じも全て、

 

習慣の積み重ねで出来上がっています。

 

積み重なった習慣が、

血肉となって体の隅々にまで

染みわたっているからこそ、

 

一朝一夕で変えるのは難しい。

 

でも、裏を返せば、

それは自らの取り組みによって、

変えられるということ。

 

ただ、変え方が理屈だけではなく、

洞察が必要なところが

見落とされがちな気がします。

 

これも気がつけば誰にでもできること。

 

自分を良くするために、

自分を楽にするために

自分の感覚に則って生きるために

 

少しずつ、でもしっかりと

実践していきましょう。

 

ー今回の表紙画像ー

『新緑の青空』

子どもの日ということもあってか、川の中州にファミリー連れで多くの自動車が乗り入れられてました。