家族の混乱、肉親の争いに巻き込まれて、
人生を生きづらくしてしまっている人は
少なくありません。
そんな経験がない人が
傍から見ている分には、
まさに何かの修羅場のような場面の連続が、
必ずしも殺伐さや残酷さとして見えず、
賑やかとか元気がいいとか、
きっと仲がいいのだと
受け止められることさえあるようです。
考えてみれば当然のことで、
家族が互いに一線を越えて傷つけあう、
ある意味滅ぼしあうかのようなことなど
あり得ないと思って見ているからで、
物理的な暴力や
あからさまなネグレクトでも
起こっていない限り、
賑やかとか元気がいいとか見えたとしても
不思議ではありません。
もっともそんな環境で生きる人にとっては
家族の皆の関係が殺伐とし、
つながりが薄くなり、
互いに怒りを抱え、
距離を取るようになり、
中には疎遠になってしまうと、
それでそれまでの過去、
家族の中で起こったことが
なかったことになるかと言えば、
それこそとんでもない話で、
見事なまでに
“再現”“再演”する人生が
続いていく羽目になります。
そのことに気づくのは、
修羅場の真っ只中にいる時には難しくて、
前述のように
その場を離れた後か、
あるいは
その場にいながらにして自分が行き詰り、
文字通り苦しくてなって
日常が淡々と送れなくなったときです。
そこで悪者を探している間は、
変化はおきません。
誰の何が悪くて今がこんなに苦しいのだ、
という“理解”のロジックも
成り立つのでしょうが、
その代償として、
生きづらさ、行き詰まり感、苦しさが
そのまま続く、
望む変化はもたらされない、
ということになります。
そこに気づいて、
理由はどうあれ、
どんな嫌った環境であれ、
どんな受け入れられない過去であれ、
それは他の誰でもない、
自分の人生に起こったこととして、
自分が対峙していくしかないことだと
自覚すると、
そこから生きる方向が
自分軸に沿うように変化していきます。
自分を苦しめた親の言葉や、
両親の争いに涙を流して眠れなかった夜、
心身を傷つけられた場面、
横で引きこもっている兄弟、
不幸な生い立ちをぶつける親の言動、
数え上げればきりがない
そんな過去・現在と、
それが自分の中に形を変えて現れた、
世の中に対する怒りや恐怖、自己嫌悪、
そういったものに
真正面からしっかりと向き合うと
決めることで、
それまで苛まれていた闇の世界に
出口を見出すのではなく、
闇が薄まっていく感覚が得られます。
変化は、あるいは新しい世界は
そうやって姿を現すのです。
そして、闇の影に埋もれていた自分が
そこにいることに気づき、
彼・彼女を受け入れ続けていくと、
受け入れが進んだある頃から、
それまで、
悲惨で惨めな対象でしかなかったはずの
過去のいくつものシーンが
別の感覚を伴って
感じられるようになります。
自分を苦しめた親の言葉の数々が、
自分のような失敗をさせたくない
という気持ちから出ていること、
両親の争いが
互いに自分をわかってほしい
という正直さから起こっていたこと、
子供への切なる想いが
表現方法を知らずに
ひどい言動となって出てきたこと、
引きこもった兄弟は
親が心配で
そこに居続けようとしていた
愛情からの行動であること…。
その時、はっきりとわかります。
受け入れられるようになります。
ボクは、わたしは、父と母と兄弟たちと、
しっかりと手をつないで
この世界を生きてきたのだ、と。
家族が混乱していたり、
自分自身が行き詰っている状態では
そうは感じられないかもしれません。
だから今はとにかく、
自分の身に起こったことを
現実として受け止め、
そこで傷つく自分を慰め、
受け入れ、
自分の感覚がその環境故に
麻痺することなく機能する
ようにしてください。
できるなら、
今自分を追い詰めているその環境に対して、
物理的な距離を置きましょう。
安全な空間を保ちましょう。
自分を振り返る時間を持ちましょう。
そして、自分が納得いく生き方を
しっかりと自問自答しましょう。
つげ義春さんという方がいます。
引退された古参の漫画家ですが、
寡作なペースの作家ながら、
数多くのファンを獲得された
独自の世界を築かれた方です。
ご存知の方もおられるかもしれませんね。
彼の作品に売れない石屋を扱った
『無能の人』という作品があります。
後に、
竹中直人さんが監督兼主人公して映画化、
1991年にヴェネチアで
国際映画批評家連盟賞を受賞しました。
物語はといえば、
売れない漫画家の主人公が
石屋を始めたもののやはり売れず、
開業資金もなく、
結局多摩川の河原で
掘っ立て小屋のような店を出して
来ない客を待つばかり。
当然家は相変わらずの貧乏所帯で、
稼ぎは奥さんのチラシ配りのみ。
一人息子の三助と三人の
公団での暮らしの日々を描いています。
そこには派手さはもちろん、
大きな喜びや幸せ、
成功を予感させる未来など
何も示唆されていません。
夫婦はいがみ合いと衝突ばかり。
ただ竹中作品らしいユーモラスさが
どこか懐かしさを感じさせても
くれていますが。
ラストシーンでは、
奥さんから一方的にまくしたてられ、
河原の小屋に非難した助三が
それでも、
「ぼく迎えに来たよ」という三助と
家路につくところで、
こちらも川の土手まで迎えに来た奥さんと
三人で手をつないで
土手沿いの道を
ずっと歩いていくシーンが
数分の間続きます。
「うちはそんな生易しいものじゃなかった」
「そんなきれいごとばかり…」
混乱をきたしていた頃の私なら、
そう反論・反発したと思います。
だからこのブログを読んで
すぐに受け入れろ、というつもりは
毛頭ありません。
このシーンは、
混乱のさなかにいる時には
感じられないかもしれませんが、
その混乱のもととなる土台の
さらに下に埋まっている愛情と愛着が、
手をつなぐ図となって
あらわれたものだと私は受け止めています。
混乱や衝突のない家族はありません。
それもおそらく、
信じられないような言葉や行動で
“普通”の家族と比較すると
とんでもない状態にあると
受け止めてしまいがちな家族は
実はめずらしくないものです。
時々、ほんの小さなボタンの掛け違いで
取り返しのつかない状態に
なってしまうことも含めて。
それでもボクは、ワタシは、
そんな家族一人一人と、
そして何よりその時々の自分と
手をつないて生きてきたんだ、
本当は皆が、心の奥底で
そう感じていると思います。
その感覚がいつかまた
感じられるようになるといいですね。
ー今回の表紙画像ー
『日曜の夜の国道』静かですね。
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