動きながら待つことを覚える

日々の棚卸

 

どうにも手につかない仕事をしていたり、

上司からひどい言葉を浴びせ続けられたり、

家の中に落ち着ける場所がなかったり、

 

日常的にそこに行かざるを得ない、

そんな場所で嫌なことが続くと、

当然ですが、辛いものです。

 

これが、

家族を始めとする過去の軛がもとで

自己の内面に不信を催す状態、

 

例えば、

 

父親から徹底的に貶されて育ったり、

母親からスポイルされ続けたり、

両親が互いを罵り合うことが常態だったり、

 

親がいなくなってしまったり、

約束を反故にされてばかりだったり、

といったことがわだかまっていると、

 

それが現在に投影されてしまい、

家の内外で起こる様々な事象に対して

自分が責め苦を感じるようになり、

 

心身に影響が出ます。

 

直接的に

 

抑鬱的になったり、

適応障害を患ったりと言ったように

心への影響が出たり、

 

胃腸が痛んだり、

頭痛がしたり、胸が苦しくなったり、など

体への影響が出ることは、よくあります。

 

このようなことがなくても、

 

飲酒量が増えたり、

暴食のレベルまで食べることが常態化したり、

家の中に引きこもるようになって、

 

体重が増え、

代謝が衰え、

気が塞ぎ、

 

鬱を始めとするメンタル疾患を招いたり、

生活習慣病化するという報告もあります。

 

何か事を起こそうとしている時、

このような状況になってしまうと、

どうしてもそれ以上動くことが辛くなります。

 

例えば、

 

先行きが不透明なこの時代に

AIに関する知識を具体的な形にしよう、と

DXの資格を取る勉強を始めるとします。

 

働きながら疲れた体で、

毎夜教科書やネットで学習をしたり

模擬試験をやってみたりします。

 

職場で罵声を浴びせられ続けたり、

理解を得られない夫(妻)から

邪見に扱われ続けたり、

 

ということがあると、

 

抑鬱や落ち込みが生じて行動の意欲を妨げ、

毎夜の学習が手につかなくなって、

結局思い半ばで頓挫することもあるでしょう。

 

もっとも、この例では、

 

資格試験という明確なゴールがあり

期間もさして長い場合が多く、

何とか頑張れるかもしれません。

 

ですが例えば、

 

同じ資格でも、弁護士を目指していたり、

数年がかりのプロジェクトを引っ張るなど

取組がもっと長い期間が必要だったり、

 

起業だったり、

壊れかけた夫婦仲を見直したり、

などのように、

 

不透明な中を手探りで進めるものだったり、

ということの場合、

 

かなりパワフルな夢や望みを

秘めてでもいない限り、

継続することが困難になりかねません。

 

まだいくらでもやるべきことがあっても、

心がついてこなくなり、

徐々に動けなくもなり、

 

最後には、

志半ばで元の生活へ…。

 

そうなる気持ちもとてもよく理解できて、

 

特に過去を引きずっていて、

 

それが現在に形を変えて現れる場合など、

自分の中に無力感や罪悪感が蔓延り、

どうしてもそうなりがちです。

 

どこかに自分を信じ切れない気持ちが

外部からの『ノイズ』と共振してしまい、

 

行動に必要な心のエネルギーを

急激に消耗してしまうのでしょう。

 

そんな時は

身体をゆっくり休める、

睡眠をたっぷりととる、

 

…などもいいのかもしれませんが、

正直なところ、

少々もったいない気もします。

 

それを少しお聞きください。

 

 

私自身が原家族のトラブルから

多大な影響を受けた時期があり

(今も完全に払拭したわけではないですが)

 

そんな時には、

 

職場でのちょっとした叱責や衝突が元で

抑鬱的になったり体調を崩したりして

動けなくなった時期がありました。

 

症状は、カウンセラーの資格を得たり、

サポートのお手伝いにあがったり

した後でも続いていて、

 

それが和らぐようになったのは、

心理学やカウンセリングの知識の理解を

肌感覚まで落とし込んだ後のことでした。

 

リカバリーアドバイザーの資格の取得時には

症状はとても和らいではいましたが、

1年間の試験の学習、論文提出など

 

動かない心と身体と頭をなだめ、

望む状態を想い描きながら

継続して行いました。

 

自分を信じ切れない気持ちが

外部からの『ノイズ』と共振して

エネルギーを消耗する、と書きましたが、

 

その時のことを振り返ると、

コツというか、そんな状態であっても

動くためのちょっとした考え方があります。

 

私たちは何かをなそうとする時、

調子が良い時や、

希望が胸一杯にある時を基準に行動することを

 

無意識のうちに想定しがちで、

 

これもまた『外乱』が起こった際に、

輪をかけて動けなくなる要因に

なりえるわけで、

 

そういった状況はとりあえず脇に置いて、

心がけることが2つほどあると思います。

 

1つは、

 

多少ダラダラしようが、

集中力散漫になりがちだろうが、

通常より時間がかかろうが、

 

そんな自分を受け入れ、

行動を継続することを最優先にすること。

 

50%、30%、いえ、15%の状態でも

続けることで得られるものは

小さくありません。

 

まさに、継続は力なり、です。

 

この状態に合わせた計画を立てておくのも

行動を続けやすくするミソかもしれません。

 

もう1つは、

これはある意味最も重要なことなのですが、

 

今描いている目標が本音であるかどうかを

真摯に自分に問うことです。

 

亡くなられたドラッカー氏も言っていますが、

人生の目標は他人から与えられたノルマ

ではありません。

 

自分自身であろうとする者だけが

成果を上げる、とも言っています。

 

マネジメントの父、

ビジネス世界に向けた著書が多いため

ついその分野の人だと解釈しがちですが、

 

彼の著作が読み継がれているのは、

人への根源的な興味と優しさが

行間に滲み出ているからかもしれません。

 

話しを元に戻しますが、

資格もプロジェクトも大切ですし、

充実した人生の一側面になる人もいるでしょう。

 

ただそれが、

自分にとってどういう意味があるか、こそが

あなた自身に問われることであって、

 

その答えがはっきりNOであるのなら、

別の方向に舵を切ることこそが

本質的な答えなのかもしれません。

 

 

私たちの心と身体は連動していて、

特に仕事と家族に纏わることについては

その考慮なしには機能しません。

 

特に、原家族、親との間で生じた傷が

現在の人の関係や働き方に

大きく影響してる場合、

 

現在の『外乱』を介して

心のエネルギーを消耗する度合いは

かなりの割合に登ることが予想されます。

 

だからそんな時、

つまり抑鬱や落ち込みが生じて

動くことが辛い時には、

 

先にあげた2つのことを頭の片隅に置いて

動くことをあきらめないでください。

 

ー今回の表紙画像ー

『川の風景』

時間ができたので川に行ってきました。

ゲンペイコギクが咲いていて、

車に積んだたも網で水際を掬うとウナギが採れた。。。