想いをリアルにつなげよう

日々の棚卸

 

原家族のトラブル、

つまり親の諍いと離別に心を奪われていた頃、

恋人や友人や先輩・後輩に、

とても失礼な態度をとっていました。

時には、

教えを乞うているはずの先生にさえ、

同じことをしていました。

振り返るに、申し訳ないことをしたな、

と思います。

その後、さる講義の折、先生には、

自分が混乱している事実と

家族の事情を伝えて、

相談にのってもらう始末でしたが、

だからといって、

失礼なことをして構わない

などということはありません。

失礼なこと…。

不愛想だったり、

適当な受け答えだったり、

人の親切も気に入らなければ睨みつけ、

はすっぱな口調で受け答えし、

まるで自分に接してくる誰もが、

気に入らない相手であるかのように

振舞ってしまっていました。

その頃には、

授業に出ることもなくなっていました。

急激に元気がなくなり、

日中から重病人のように下宿で寝込み、

アルバイトの時以外は外に出ることもなく、

安酒を買ってあおっていたこともありました。

 

心底つらかった、というのは

嘘偽りのない本音ですが、

私のことを

大切な友人だ、

恋人だ、

仲間だ、

と思ってくれていた人々からすれば、

それでもやはり困ったと思います。

腹立たしかっただろうし、

哀しくなっただろうし、

裏切られた感じがした人もいたかもしれません。

想定の言葉で書きましたが、

20年ぶりに当時の仲間たちと再会したときに

少なくとも皆がそれぞれ心配していたと

歳を重ねた表情で言われ、

一人悩みながら周囲にあたっていた

若き日の自分にほんの一言だけでも

心境を素直に話して頼る強さがあったら、

と思ったものです。。。

本当にいっぱいいっぱいの状態だったけど、

そんな自分を見守ってくれていた人たちへ

その時は今更ながらの感謝をしたものです。

 

ただその一方で、私のような境遇は

経験したことない人には

実感としてうまくつかめないのは

仕方のないことで、

それはその後起こった

父の自死や妹の未遂も含めて、

私自身が“場”を必要とした

理由でもありました。

若かったし、

どうしたらいいかもわからなかったし、

そもそも日本に限らず

世界的にそういったことへの対処が

昨今ほど知れ渡っていなくて、

それこそ特殊な人に起こる特殊な出来事、

と受け止められていました。

インターネットもまだなくて、

調べる術もまたありませんでしたしね。

 

当時は、荒れ狂う感情の嵐の中で、

彼らの存在が徐々に遠のいていき、

同時に、

生まれてから蓄積されてきた

楽しかった出来事なども

心の奥底の光の届かない場所に封印して

永遠にしまい込んでしまおうとしていて、

それもまた距離をうんでしまった理由でした。

 

ずいぶん長くかかったけれど、

そうやって

少しばかり人と異なる人生を歩んで、

自分の生き方や

自分のこれまでとこれからを素直に、

そして肯定的に受け入れられるようになると、

学生時代の彼らを含め、

一度は遠ざけたそれぞれの時代に

時間を共にした親しい人たちのこと、

そして何より

その当時を苦しみながら

必死に生きていた自分の存在を

もう一度身近に感じるようにもなりました。

父や母の亡くなり方が哀しかった事実は

今も変えられないけれど、

そこに彼らなりにあった望みなるものも、

それが例え歪んだ部分があったとしても、

自分が自分の想いを明確にする中で

受け入れられるようになっていきました。

 

そう。

自分の想い。

 

私たち一人一人は、

想像もしていなかった出来事を

誰もが人生の中で経験すると思います。

自分だけが不幸、

などということはあり得ない。

傷つきながらも、

衝突しながらも、

時に頽れそうになりながらも、

私たちは生きているし、

誰もがそんな状況には陥る、

そんな人々が

そのままフェードアウトしてしまったり、

他者や世界、そして返す刀で自分自身を蔑み、

忌み嫌い、孤独孤立に走ってしまったり、

そういったことが

少しでもなくなるサポートをする“仕組み”を

作れないものだろうか。

そう願う自分がいます。

 

あまりに微力で、

あまりに知恵が乏しくて、

あまりに固執しすぎるきらいがある、

この私という存在自体が、

どこまでそれを体現できているのだろうかと、

時々自問したりもします。

体現などというとおこがましくて、

自分で偉そうに感じることさえあります。

でも、やはり、

自分の家族が味わったような哀しい時間を、

少しでも減らしていきたい。

人によっては、

そんなものは放っておけ、

余計なお世話だ、

お前に何ができるのだ、

そう言われたりもします。

ずいぶん落ち込んだりもしました。

 

私の家族の身に起こった出来事は

確かにある種の人々にとっては

遠い出来事もかもしれませんが、

減り続けているとはいえ、

年間の国内自殺者数は今も2万人、

虐待や崩壊を含む家族の問題は

近代社会の宿痾として私は受け止めています。

特殊な家庭の特殊な出来後ではないことが

ようやく広まってきたというところでしょうか。

これまでにも公的私的機関の助力で

少しずつ問題の顕在化が進みましたが、

今なお多くの人々が

可能性を遮られてしまっています。

そこからのリカバリーは

当人の意志だけではどうしようもない

とは申しませんが、

通り一遍の試みでなんとかなるような

ものでもありません。

どこかの有名人が言うような

「お父さんは人生リセットしたかったんや」

と言って済ませられれば

楽なのでしょうが。

 

結局、家族の問題を抱える方々が

今できること、特に心の持ち方、考え方を

提示していくことが、

まず私が行いたいこと、行うべきことだと

考えています。

 

私たちは、体得を試みる必要があります。それは、

・自分という魂を貴ぶこと

・自分が自分とつながるように世の中や他者とながっているということ

・自律的に生きること

・信用すること、頼ること

・『納得して』糧を得る術

 

体得するとは

想いを現実に実行するということです。

現実社会、日常生活の中で

試みて、

失敗して、

試行錯誤して、

身に着けて、

納得して、

その積み重ねの中で

気が付くと進んでいるものです。

 

大切な、誰にも否定されえない想い。

胸に迫り、譲ることのできない想い。

ほんとは誰もが持っていて、

苦しんでいる人ほど、

体現を欲しているもの。

信じ、受け入れ、血肉となって、

自分の心の土台と骨格を作ってくれた

原風景の数々、

そしてそこから派生する未来と可能性。

それをリアルにつなげることが、

自分を貴ぶ最大の策です。

 

ー今回の表紙画像ー

『横浜港夕景_S〇GO本屋より』

きれいだったのでパチリ。