中学生の頃、父の仕事の都合で、
わずかの期間、私の家族は
雪国で暮らしていました。
日本海側の、冬になると文字通り
メートル単位で雪が積もるところです。
自動車のチェーンは必須で、
周囲の子供は誰もがミニスキーを持ってて、
町からやってきた私以外の誰もが
滑ることができました。
暮らしていた町には中学校が2つしかなく、
通学は基本、自転車でした。
通学時間は15分くらい。
しかし、雪が降ると自転車は使えません。
起きる時間は1時間早くなり、
通学は徒歩に変わります。
もう遠い記憶となってしまいましたが、
積雪が始まるのは確か12月くらいからで、
3月くらいまで雪が残るので、
その間はずっと徒歩通学になります。
自転車で15分の通学路は、
その期間、1時間以上かかりました。
ちょっと寝坊でもしようものなら
歩いていては間に合わなくなる上、
一緒に通学していた同じ年の子が
マラソンが得意だったためか
鞄を抱えたまま走って通学していたので、
こちらも雪道を半泣きで走ったものです。
その後、
転校して都会の中学に戻ってきたのですが、
そこには陸上部がなかったため、
中距離層で学校の代表に選抜され、
大会に出場させられる羽目になりましたが、
あれは雪道を走り続けて付いた
体力と言うか持久力がモノをいったもので、
以降、正式な競技には出たことはないけれど、
走ることが前提のスポーツをやるときは、
アドバンテージになったものでした。
★
唐突ですが、
初めてデートをした日のことを
覚えているでしょうか。
誘われて何となく、というならともかく、
好きになった人とのデートで
待ち合わせの場所へ向けて、
時間厳守、というのではなく、
早く会いたくて足早になる、
そんな感じだったのではないでしょうか。
少なくとも、私はそうでした(💦)
照れますが、
大好きな人と会うということは
そう言うことだという気もします。
個人的には、釣り場に向かう時も
似たような気持になります(💦)
もっとも、その時は車なので
大変申し上げづらいのですが、
ついついアクセルを踏み込んでしまい…
とにかく、
一刻も早く釣り場にたどり着いて
それが人気の場所なら
できるだけ良い場所を陣取って、
当然釣果も、などと
連鎖的な妄想から急いだものです。
いずれにしても、急ぐということは
楽しさを早く実現するためにとる行為だと、
何となく勝手に思い込んでいました。
★
雨の朝、所用で外に出ると、
ランドセルを背負った1人の男の子が
泣きながら学校に走っていく姿が
目に入りました。
時刻は8時を結構回っていて、
遅刻しないように焦って
急いでいたのだと思います。
他に小学生の姿らしきものは見えないから、
ひとり遅れて家を出たのかもしれません。
その姿を見ていて、
不意に昔の通勤時の行動が
脳裏に蘇ってきました。
例えば、20代のことです。
通勤電車の時刻に合わせて、
私は足早に駅に向かっていました。
既に家族は離散し、
日常生活も、心の中も
混乱の極致にありましたが、
遅刻したら居場所を失ってしまう、
居場所を失ったらもうどこに居られない、
自分はこの世で生きていけない、
そんな、
今からすれば恐怖と言い換えてもいい
不安に駆られながら、
それでいて
何かに秘かに腹を立てながら
遅刻だけはしないように、
足早に歩いていました。
あれはてっきり、
自分の人生がおかしくなっていた中で
起こるべくして起こっていた出来事だと
ずっと思っていました。
しかし、まだ家族の問題が顕在化する前を
よくよく振り返ってみると、
特別な用事ではないにもかかわらず
駅へ急ぐ自分の姿を
容易に思い出すことができるのです。
通学の時、
アルバイトに向かう時、
買い物に行く時、
部活の遠征の時、
映画を見に行く時…。
一体何を急いでいたのだろう、
正直なところ今はそう感じたりもします。
別に、急ぐことの是非について
述べているわけではありません。
ただ、何をそんなに焦って?
急いでいたのだろうと思う、
ということです。
そう、焦っていたという言葉が
意外にしっくりときます。
家族のことが起こる前からずっと、
そうしていないと大変なことが起こる、
そう思い込む自分がいたわけです。
家族が離散する前であっても
家の中には異様な空気が
流れていたことはままありました。
そんな生育環境に身を置いていて、
そうやって焦っていた自分には、
何かをコントロールしていないと
おかしくなるということに
つながっているのを感じます。
だから、逆説的になりますが、
家族が壊れた後、
その行為というか、
その習慣?に没頭することで、
あたかもそれまでの家族と自分の人生が
そのまま継続されているかのように振舞うことで
何も変わっていないと思い込もうとして、
現実を見ないようにしていたのだと思います。
大切なことから視線をそらしていないと、
心が持たないと無意識が感じていたから。
流れに身を任せることが怖かったから。
その後、回復する中で気づいたことです。
★
雪道を中学まで向かう中で、
遅刻したらそれはそれで仕方ない、
あの雪国の暮らしの中で
そう思えていたら
どうなっていただろうと思います。
苦しかろうが何だろうが
素直に親や先生の言うことを聞くことを
ほんの少し緩めて生きていたとしたら、
もっと自分の感覚に思いやりを持って、
その中で流れに身を任せて生きていたら
どうなっていたのかなと思います。
家族は壊れなかっただろうか。
自分はここまで混乱しなかっただろうか。
そんなことを考えながら、
今の自分にもう少し早くなっていたのかな、
と思いました。
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ー今回の表紙画像ー
『マルバルコウ』
畑の回りに咲き誇ってました。
先週に続いてアサガオが咲いた。
まだ咲くんだな。知らなかった。

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