過去に取り残した想いを蘇らせる

日々の棚卸

 

私たちは大なり小なり過去に影響されて

生きている、

そしてそれは変えることができる、

そんな話です。

 

★

 

取り返しのつかない過去、

忘れてしまいたい哀しい過去、

今も許すことができない過去、

 

そういった過去というものを

全く持ってない人というのは

まずいないのではないかと思います。

 

単なる感情を超えて、

身体全体を乗っ取られるような

そんな過去が今も頑なに

心の中に巣食っている間、

私たちはその過去に囚われ続けます。

 

そして、過去に囚われている間、

目の前の出来事、人への認識を

そのまま受け止めることは難しくなります。

 

いわゆるバイアスというものですね。

 

過去に囚われる、特に多い例はと言うと、

親から受けた仕打ち、

恋愛や離婚で受けた傷、

上司を始めとする組織の理不尽な振る舞い

などではないでしょうか。

 

書いた順に影響が大きいことが多い、

というより、影響の原因を遡っていくと、

最後は親・家族との関係に行きつくものです。

 

家族の中で見聞きし、

心身にしみ込んだ感覚がベースとなって、

物事を理解し、

事象を解釈するフィルタとなり、

やがてバイアスとして機能し、

その結果が日常となるわけです。

 

それが他者との関係となり、

他者との間で生じる情動を催し、

…やがて蓄積されて過去となります。

 

そんな過去の集積の果てに

今が囚われてしまう情動が

自らの中を占有してしまい、

 

そしてその過去と状況を基準に生じる

混乱や怒り、哀しみに苦しむように

なってしまうわけです。

 

そんなメカニズムなんですね。

 

★

 

さて、そこに気づいたとしても、

終わってしまった過去の出来事自体は

当然ながら変えようがありませんし、

もうたいしたことじゃないからと

スルーしてしまうこともまたよくあります。

 

大切なところなのですが、

そこに『矛盾』が含まれていることに

気づくことはまたなかなか難しいものです。

 

矛盾…

 

どこが矛盾なのかわかるでしょうか。

 

それは、ずっと昔に起こったことが、

今も自分を支配している、

それが人生を生きづらさで

染めてしまっていること自体だ、

ということです。

 

昔に起こったことで、もう過ぎてしまった

ことだからたいしたことがない、

などということは決してありません。

 

そしてその、どうでもよくないことが

自分の根本にあるのなら

どうでもいいとあきらめることではないのも

また当然のことです。

 

当ブログの中で言及する“パワー願望”という

キーワードを取り出して、

 

「変えられない過去を意志の力で

変えようとするのは、

パワー願望の世界にとらわれることではないか」

(間違ったことではないか)

 

と考えた方がいたとすれば、

決してそういうことではありません。

 

それほどに、

時間を超えて心身を縛り続ける過去が

とても哀しいものだったするなら、

そこに自らが求める何かが、

それも心の底から求める何かが

あったからだと思うのです。

 

それが実現されなかったり、

求めることと反対の仕打ちや

結果だったりして、

 

しかも、

その結果傷ついて頽れた自分が

放置されたままだとするなら、

 

そこには、本当は求めるものが

間違いなくあったはずだとは

考えられないでしょうか。

 

それは本来なら、

親なり力の強い誰かから与えられれば

言うことはなかったかもしれないことですが

 

― ここはとても重要なのですが ―

 

『誰もが』それを与えられないまま、

自分自身を見失って、

辛い思いを経験している、

ということです。

 

喪失したもの、見失ったものとは、

人との繋がり、世界を信頼する力、

自分のままで生きられるという自信、

そういったことだと思います。

 

言い換えれば、

人生に対する愛着と信頼の感覚だ、と

言えるかもしれません。

 

これは、自分を生きる上で

最も大切な感覚の一つなのです。

 

そしてそれは、その感覚こそは、

先に見失ったと書いたように、

自分の心の奥底に、

今も息をひそめて息づいています。

 

なぜなら、今が苦しいからです。

望まない感覚に囚われているからです。

 

お分かりになるでしょうか。

 

そこには、本来自分が必要な、

同時に欲している愛おしさが

待っているのです。

 

そのためには、

仕事の中でこんなことを言われた、とか、

こんな評価をされた、とか、

夫・妻がこんなことを言った、とか、

そういった今目の前の事象に

囚われることなく、

 

その大元にあって

自分を支配し苦しめている感覚、

出来事、に対して、

もう手遅れだからと諦めたりせず、

しっかりと向き合ってみることなんです。

 

あの日の自分と出会い、

あの時本当に求めていたものを理解し、

大人の自分がそれを

一緒になって感じ取り、

少しずつでいいから与えていくことなんです。

 

ここまでくると、

つまりこれらを継続して実践していくと、

今の自分にできることをすることで、

過去に囚われていた身体の感覚が書き換わり、

 

今を占有する心の動き方が変わってきます。

 

端的に言うと、

苦しまなくてすむようになるのです。

 

その時には、

問題が何もなくなる、

わけでは、もちろんありません(笑)

 

ただ、

自分の心がそのまま、

今に戻ってくるのです。

 

同じ、“問題”だと思ったとしても、

それがどうしようもないと感じることが

少なくなるわけです。

 

なぜなら、“問題”の陰に隠れた

過去という時間とその未解決の出来事、

という長さ、重さがなくなるからです。

 

今を生きる、とは、つまりは、

そういうことではないかと思います。

 

 

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ー今回の表紙画像ー

『街の夕景』