私たちはつい、
大人とは、社会人とは、
自分が最低限すべきこととは、
という理由をつけて、
特定の感情を否認しがちです。
これは当人が意識するより
ずっと根深いものです。
それで自分を追い詰めすぎてなければ、
それはそれでよいと思います。
ただ、程度の問題はあるにしても、
自分の中にある傾向を知っておくことが
今、あるいは将来自分を助けることに
なることはあるでしょう。
★
そういうわけで、
あまりに当たり前かもしれませんが、
きれいごとを抜きにして言います。
人は、人に、腹を立てる時があります。
必ず。
時に病的に。
自分もそうですし、
人もそうです。
酷いと感じ、
憤り、
落ち込み、
特にぶつけられた側は、
それが続くことで、
もうもたないと思い、
未来はないと思い、
怒りが恨みや絶望に変わることもある。
恨みと絶望の違いは、
それは増幅された違和感が
他者に向くか、
自分に向くかの差に過ぎません。
追い詰められた側の
感情の表現方法は様々で、
先に述べたとおり、
それがどこに向くかも人ぞれぞれです。
でも、一つだけ共通しているのは、
とにかく他者の言動に襲われ続けていて、
それが感情を発生させているということ。
そう、本当に、当たり前のことです。
それでいて、
その感情は間違っているかのように、
「人のせいにするなんて」
「人に振り回されているなんて」
「そんな下世話なわけないだろう」
「自分はそんな人間じゃない」
などと言ったところで、
そして、
自分の中に湧きあがってくる感情を
きちんと認めないまま、
いくらきれいごとを言ったところで、
結局、
「なんか調子が出ないなあ」
「馬が合わないんだよね」
「身体が動かない…」
などと言いながら
ますます調子を狂わせてしまったりします。
この中に難しい話は何もなくて、
自分の中には今どんな感情が渦巻いていて、
それは誰かの度重なる言動の結果である、
ということを、
どこまでしっかり認められるか、
ということなのです。
そう、くどいようですが、
本当に、当たり前のことです(笑)。
よく言われることですが、
人の集団の中にいると、
1:2:7の割合で、
1割は苦手・嫌いな人がいる
と言います。
ちなみに、
2割が自分に好意的な人で
残りは無関心、なんとも思ってない人たちです。
苦手・嫌いな人は全体の1割だから
そんなにたいしたことはない、
という人もいるようですが、
それは大間違い。
比率はその通りかもしれませんが、
これは深さ、影響度合いについては
何も説明されていません。
その1割の相手、
特に上司や力の強い人から、
自分に向けられた言動がいかに正しくて
大切なことかを
威圧や暴言とともに伝え接してこられると、
文字通り逃げる場所がなくなります。
相手の言ってること自体は正しいから、
自分が間違っている、
少なくともそういう部分があるのだから、
相手の言動部分の非礼やハラスメントに
感じる部分に腹を立てて言い訳するのは
卑怯だという心理も働くことがあります。
これ、実際にはお門違いもいいところで、
“理由はどうあれ”そこにいることで、
その状況で、あるいはその場所で、
自分自身が有効に機能させられないのに
貢献も愛情も成長もあったものでは
ないということなんです。
会社の話で例えれば、
よく、昔の人の話を持ち出して、
どんな状況でも、どれだけひどい環境でも、
私たちよりずっと会社に忠誠的であったり、
長い時間頑張り続けた、
などと言う話がありますが、
それは必ずしも、
使命感が高かったりとか、
人間ができていたからとは限りません。
人は短期間で
それほど変わらないものなんです。
それだけ当時の組織(それもせいぜい
第二次大戦後の50年間という
ほんの一時期のことでしたが)が、
それだけ安定していて、
退職金もたっぷり出て、
一人一人の労働者の価値自体が
現在より相対的に高かったということです。
“どんな手段を使ったとしても”
社員教育という名目で、
通してしまうことができた時代だったのです。
そこには軍隊的なヒエラルキーの
名残もあったでしょうし、
それが当時の主流の考え方でした。
そこに居る限り、
犯罪にでも手を染めなければ
しっかりとサラリーを得ながら、
最後までいることができました。
そういう時代だったのです。
会社だけではなく、
夫婦関係も同じ。
暴力暴言が蔓延る関係は論外として、
一緒になっては見たけれど、
正論と威圧が重なるような関係なら、
終わらせた方がいい。
働く場所も種類も、人の関係も生き方も、
すべてを知っている人なんていませんし、
実際、ほんとうにたくさん存在するものです。
“そこ”にいる必要はないのです。
自分の落ち度、自分ができないことと、
それにかこつけて取られる態度は
全く別物。
自分の価値観がメタファとなって。
どこへ行っても同じような嫌なことが
起こるなら、
場所を変えたり人から遠ざかる前に、
自分の内面をしっかりと見つめ直した方が
その先の人生はうまくいくでしょう。
しかし、同時に、
普段起こりえないような居づらさを
特定の人のために感じるのなら、
1:2:7の2割の人を味方につけて
しっかりと措置をとってもらう、
上司とうまくいかないなら、
さらにその上司に相談する、
しっかりと転職活動を行い、
機を見て転職する、
副業をしてまずは1円を稼ぐ
ことを覚える、
少しの期間休みを取る
(あまり進めませんが)
など、
できる選択肢を列挙するとともに、
きちんと時間を作って
それらを実践していくことです。
そして、
時間がない、をやめましょう。
時間は作ろうとしなければ永遠に
捻出できません。
動かないから不安が募るのです。
これもよく言われるように、
同じことをしながら異なる結果を
望むことはおかしなことです。
動くことで生じることを想像して
湧き上がる不安はフェイクです。
決して、悪いことが起こることを
保証する感情ではありません。
MDL(My Dear Life)の概要を知りたい方はこちらへお越しください
https://nBkBtBnihidetBkB.com/meeting/
個人の相談はこちらへどうぞ
https://nBkBtBnihidetBkB.com/business/
ー今回の表紙画像ー
『季節外れのアサガオ』
用事で長野に行ったついでに善光寺へ。
あいにくの雨だったが、観光者であふれていた。
流れで『お戒壇巡り』の列に加わることに。
真の暗闇を歩いたのなんていつ以来だろう。
不思議な感覚でした。

最近のコメント