あなたの状態に合わせた時間の作り方

未分類

 

「なんかさ、何やるにも時間がなくてさ。

あっという間に

時間が過ぎちゃうんだよね」

 

そこで一つ区切ると

「年取るってこういうことなのかなぁ」

 

随分前、

とある旧知の方との会話の中で出た

時間に関するちょっとした言葉です。

 

早くに奥さんを亡くしたことは

私も知っていたのですが、

 

お子さんのいない彼は、

洗濯物を干すくらいしか

使用しなくなっていた自宅の南側にある

小さな庭が荒れ放題であるのに気づいて

(というかそれを気にするようになって)、

 

かつて奥さんがそうしていたように

美しい花壇を作ろうと画策したようです。

 

最初に”朝顔“の名が挙がった時には

ただの冗談かと思ったのですが、

 

その後、

マリーゴールドとかコスモスとか

サルビアとかペチュニアとか

“お花“にあまり興味のない私には

よく知らない名前が出てきて、

結構真剣に考えてるのかな、と

思い直しました。

 

ともかくも、彼曰く、

草ぼうぼうの庭は、

元来の家事不精に加えて

心の荒みを反映しているのでは、と、

思ったからだそうです。

 

その話を聞いたのは、

久々の再開を祝して?入った居酒屋で

アルコールも入っていたので、

なんかどこかで聞いたような理由だなと

聞き流していたのですが、

 

その具現化イメージ、例えば

この花はここにこのくらいの量で、

みたいな話を聞いている限り、

彼はまじめに庭を改造したいのだな、

というのは伝わってきました。

 

彼はとてもいかついおじさんで、

顔立ちは精悍で日に焼けた体はたくましく、

花というイメージはありません。

 

人を見た目で判断しているように

聞こえたかもしれませんが、

 

昔からの知人でそれなりに

気質や趣向も知っていたつもりなので、

人は変わるものだなとあらためて

感じたものです。

 

そういうわけで彼の話を聞き、

感心しつつも、

思わず、「えっ?」と聞き返したのですが

彼のまなざしは真剣そのもの。

 

あまりの微笑ましさに、

では具体的にどのくらい作ったのか、

と問いかけながら、

面白い話がきけるかと思いきや、

進捗はゼロとのこと。

 

半年前に構想して、そのまま。

 

仕事熱心でもある彼は、

一週間のうち6日間が仕事で埋まって

たまの休日はぐったりとして、

とてもヤル気が起きないとか。

 

ワーカホリック気味の性癖も知っていたので

「そうだねえ、仕事控えたら?」と

身も蓋もない返事をしてしまったのですが、

 

返ってきたのは、

「そうだよな」と気の抜けた答えでした。

 

 

その話を思い出したのは、今朝でした。

 

ベランダのプランター(大葉育ててます)に

水をやっていて

一番最後に朝顔(!)の鉢にきたときでした。

 

父が逝ってしまってしばらくした頃、

個人的に設定した三日間の連休を

ボーっと過ごしてしまい、

 

最終日の夕刻になってから

「時間が無くなってしまった」と

つぶやいたことが連想的に

思い出されたのです。

 

あの頃は、

外目には完全に落ちていたけれど、

胸の中では得体の知れない焦燥感があって、

 

何かをしなきゃ、

どうにかならなきゃ、

と思考しながら、

 

でも、

 

何していいか、

どうしたらいいか

わからない、

 

という状態でした。

 

当時は心理カウンセリングを受けながら、

時間の使い方についても

相談したりもしていたのですが、

 

何かをしようと考えても

結局何もしないまま過ぎてしまった時間を

嘆いてばかりいたのをよく覚えています。

 

今なら、

あの時はそれでよかったのだと

思えます。

 

あの時間の積み重ねと

その時の幾つかの行動と経験とが、

見失い、崩れかけていた自分の世界を

再構築してくれている時間だったからです。

 

そこに直面することなく

本来の問題を上蓋で塞いでしまい、

世の中の成功なるものを

目指したところで

 

焦燥感の奥に根付いてしまった

哀しみが癒えるはずはないし、

 

仮に

その成功なる状態になったところで

焦燥感も不信感も

心の中には渦巻いたままだからです。

 

ここまで来て言えること、

それは、

時間が最初ではない、ということです。

 

時間は必要な何かのために

作るものなんです。

 

なぜならその時間を使ってでも

必要としていることがあるから。

 

難しいのは、

それが本当に自分で欲した

時間であるかの見極めかもしれません。

 

先述のとおり、

何もできなかったという認識の休日が

実は自分を取り戻すために

必要な時間の使い方だったことは

後になってわかることもあるからです。

 

何もできなかった、

何も得られなかった、

そう感じたのであれば、

 

例え表層的にやりたかったことがあっても、

実はもっと自分に必要な

休息に割り当てたのだ、と

解釈することはできます。

 

同時に、

休日の時間全部を使うのではなく、

例えば3日間の休みがあるなら

その中の1時間だけを

やりたい(と考えていた)ことにあててみる、

というのは意外に効果があったりします。

 

実際にその方法を試してみて

表層的になってしまっていれば

やってて充実感はないだろうし、

 

それなりに良い感触を得たなら、

途中で終了の時間になったとしても

次につながる一歩となって、

また継続できるようになるのです。

 

無理をして

何をやろう、

何をやるべきだ、

そうしないと変化は起きないぞ、

しゃかりきになるのではなくて、

 

その時々の自分の状態に見合った

時間の作り方をすることです。

 

その時々の自分にあった

時間の作り方をしないと、

後で大きなぶり返しがきてしまうからです。

 

人の心も体も

ホントによくできていると思います。

 

動くときには自然に動くんです。

 

でも、

自然に動くのを待っていてばかりでは

人生が終わってしまうと思うなら

短い時間を決めてそこに注力してみては

いかがでしょうか。

 

 

MDL(My Dear Life)の概要を知りたい方はこちらへお越しください

https://nBkBtBnihidetBkB.com/meeting/

 

個人の相談はこちらへどうぞ

https://nBkBtBnihidetBkB.com/business/

 

 

ー今回の表紙画像ー

『自作タコの酢の物』