『もう限界』の時の行動方法

日々の棚卸

 

 

心が限界の時に動くのは

なかなか難しいことです。

 

誰でもそうですよね。

 

動く“余力”がないほど、

追い込まれているからです。

 

作戦を考えたり、

どう動くのが良いか考えたり、

自分で自分を説得したり、

 

といったこと自体を実践するのが、

困難な状態になってしまっています。

 

アップアップとは

まさにこの状態を示すのでしょう。

 

引くことも進むこともできず、

思考が固まってしまった状態です。

 

思考どころか、

身体が固まってしまう方もいて、

 

昔の知り合いに聞いたところ、

抑鬱の部下の朝の出社後、ずっと姿が見えず、

探し回っていた所、

 

夕方になって、

トイレで発見したなどと言う、

笑えない状況があったとのこと。

 

あの狭い場所に何時間も

ずっとこもっていた、

というのも凄いですが、

 

理由を聞いてみると、

自分が作ったプログラムが

公に使用されて問題を起こしたらと考えたら

苦しくなったとのこと。

 

これを聞いて様々な意見はあるにしても、

追い詰められてしまうと、

それほどに固まってしまう、ということです。

 

 

逆説的ではありますが、

本当に限界に追い込まれてしまうと、

動けてしまうこともまたあるものです。

 

もともと、

動けないのは心であり感情であって、

身体自体は一晩眠れば

一応動ける程度には回復するものです。

 

心と感情の麻痺は同時に、

そこにいるしかないという

思い込みであって、

 

心が死んでしまう、

魂が腐ってしまう、

と自分の中の自分が理解した場合、

身体が動くのならば、

何某かの行動に出てしまうこともまた、

あるわけです。

 

少し話がずれますが、

先に一晩眠れば動けるようになると言いました。

 

その、『一晩眠れば』、つまり睡眠は

実は一番最初の動くべきことだったりします。

 

他には、とにかく食べること、

とういのもあります。

 

ともかく、数字の0と同じように、

『眠る』ことこそが、

最初に動くことだと私は考えています。

 

当たり前のことのように思えて、

誰もが意外に見落としがち。

 

まず身体をしっかり休めることなんです。

 

働いているなら、

週末(土日が仕事ならそれに相当する日)を

きちんと使って休息をとることです。

 

その上で、以下の2つのことを

行ってみてはどうでしょう。

 

頭と身体が完璧でなくても、

平日の就寝前のような疲労状態から

抜け出た程度に回復したら、

 

どんな些細なことでもいいから

自分のコンピテンシーを列挙します。

 

コンピテンシーと言っても

単に人より秀でた得意分野にとどまらず、

(混乱している方はだいたい

そんなもの自分にはないと言いますから)

 

実際に成果が出たこと、

好きとまでいかなくてもまあこれならいいか

ということ、

勝手に時間が過ぎるほどのめりこんだこと、

 

などを、

 

『自信のなさ』を脇に置いて、

列挙してみるのです。

 

仕事で培った(学んだ)こと、

経験したこと、

楽しかったこと、

没頭したこと、

居たい場所など、

融け込みたい風景、

 

極論すればどんな人にも

何かあるのではないでしょうか。

 

今そこに居ることが、

そこの人々と関わることが、

どうしても厳しいのなら、

 

今やっていることの継続も含めて

“次”を求めるのは

決して不思議ではありません。

 

嫌なものは嫌、

無理なものは無理、

できることしかできない、

 

と、自らきっちり線を引くところまで

来たということもできるのです。

 

つまり、

身体が多少なりとも動くのなら、

追い込まれてどうしようもないとなれば、

新しい場所が不確定でも

えいや、と動いてしまうこともあるということ。

 

倒れるまで頑張っていいことは

実は何もありません。

 

ことに、

学生時代のように

見守る人がいるならともかく、

 

社会人として自分で自分の日常に

責任をもって生きるためには、

 

常に遊びの部分を持っている

必要があるのです。

 

余力を残して、

撤退が必要なら損切りしても撤退し、

別の道に進むだけのことなんです。

 

ジャングルを彷徨うわけではないのだから、

もし選んだ新しい道が駄目なら、

さらにまた次に向かう。

 

私たちは日本の学校教育の中で

何事もスムーズにいく前提で

進まされてきた側面がありますが、

 

もちろんそんなことはないし、

スムーズにいかないから自分はダメ、

などとは全くならないはずです。

 

ただ、

単なる無理や嫌だけに逃げ込んで

後戻りしないために、

先の列挙は自分の感覚を見失わない

道標の一つになります。

 

もっとも、

巷で言われている好きなことをやるとは

単なる指標の一つに過ぎないのも事実。

 

なぜなら人は自分を欺くからです。

 

だからこそ、列挙の中には、

好きも得意もあれば、

没頭も含めるし、

仕事も経験も混ぜる必要があるのです。

 

そして自信を脇に置いて列挙するのも、

自信がないからこそ

動けなくなっているのだから、

 

それを理由にしても、

停滞するだけになるからです。

 

同時に、

それを自問自答して深く

自らを掘り下げることにもなり、

自己洞察が進むことで、

自分ではわからなかった自分自身が

明確になることもあります。

 

他界したドラッカー氏はこう言いました。

 

『自分の強みはフィードバックで見つける』

 

それは言い換えれば、

試して振り返って感じて考察して

新しい自分の側面を知る、

ということ。

 

強みを知るというフィードバックは

そのまま自分とは何かを

知ることにもなります。

 

頭で考えているだけで

切り開かれることは何もありません。

 

怖れるのは仕方ないし、

自信がないのも仕方はありません。

損だってすることもあるでしょう。

 

それでも、こう断言します。

 

動いて感じてまた次、

この繰り返しです。

 

 

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ー今回の表紙画像ー

『坂道から見た夕景』

 

紫陽花が満開に近づくと、梅雨ですね。

むしむしする~。