今も語り継がれる有名な
某アニメのセリフではありませんが、
人は変わっていきます。
人は変化に適応していくからです。
ただ、
人が他の生物・動物と異なるのは、
思考することと現実とを混同し、
世間という、
実は誰のことでもない架空の指標に
踊らされて、
その結果、
生きづらさを感じ、
追い詰められて関係を破綻させ、
はては
自分という一番身近な存在さえ
切り離してしまうこともある生き物だ、
ということです。
★
心の恢復を考える時、その補助線として
私は常に、
アルコールや薬物の依存症を考えます。
精神疾患と呼ばれる人の9割以上は
身体疾患ではなく、
歪んだ認知に沿って生きていて、
例えば、世の中の見方にある種の
特殊なバイアスがかかった状態で
それを基準に生きているように思います。
もちろんセロトニン不足が結果として
身体的な不具合として出ることは
あるかもしれませんが、
その元となる行動(と認知)が
ある種の世界観に基づいて生じる、
ということは、
元来が身体疾患の問題ではない、
と捉えてよいと思うのです。
身体疾患と異なり、
心の中は見えません。
風邪をひいて高熱を出したら、
部屋を暖めて身体をゆっくり休めますが、
これと比較して、
心が弱るような世の中の見方、
認知の仕方、
落ち込んでしまうような環境は
そこに気づいて変えていこうとしない限り、
先の風邪で高熱の例で言えば、
薄着で寒い場所に居続け、
栄養もろくに取らず疲労したまま
ということです。
疾患と言うと大げさに感じますが、
疾患までいかなくとも、
生きづらさを抱える大多数の人にも
当てはまることではないでしょうか。
楽しいこと、やりたいことなどと
言われたところで、
そんな魂がマヒした状態で
突然わかるはずもありません。
私たちはとかく、“楽”をしようとします。
“楽”をこれまでと同じ日常とするわけです。
微妙な変化を継続することを厭います。
“楽”と書くと、“楽しい”ことと
受け止めてしまうかもしれませんが、
“楽”とは、変化のないことであって、
嫌なことが続いても
“楽”はできてしまうわけです。
そして結果は変わりません。
変化は起きないのです。
★
生物は生き抜くために変化します。
生命を保つために、
子孫を残すために、
それができなくなり得る状況に対して
自ら変化し、環境に適応します。
生物の進化は、
とある通常にはない行動が
きっかけになったりします。
もうこれ以上、
このままでは生きられない、
そんな生命の危機にさらされた生物が、
それまでとは全く異なる未知の世界へ
思いがけない一歩を踏み出し、
新しい世界へ突き進んでいく中で
起こることがあります。
これに関連して、興味深い話があるので
紹介しましょう。
時々引用している『精神の生態学』から
「ダブルバインド、1969」より抜粋の上、
シンプルに要約します。
第二次大戦時、米国はイルカを兵器として
活用する研究をしていました。
ちなみに、
ダブル・バインドとは、
ダブル=二重の、バインド=締め付けのことで、
ある締め付け(例:規則や慣習、
思い込み等による心身の制限)を
緩和する試みが、
別の締め付けを強める、
ということを指します。
自分を苦痛から守る、
手持ちのどの手段をとっても
お手上げ状態、というところでしょうか。
さて、著者で研究者のベイトソンは言います。
『あらゆるメッセージはコンテキストなしに
意味を有することはない。
これは、コンテキストを提示する
メッセージも同じ。
この二つが織りなすパターンを
ダブルバインド理論が問題とする。
…中略…
習慣を支える規則や、
前提のもつれに関わる経験的要因を
問題にする。
ここでコンテキストの織り目に生じる
ズレや裂け目の経験こそが
ダブルバインドである、
そして、学習と適応の階層的プロセスに
何らかの影響を与える限り
「トランスコンテキスチュアル」な
シンドロームを助長する』
…そうです。
なんかよくわからない。
私の要約力の問題かな。
先へ進めましょう。
ここで雌イルカ(=彼女)が
モデルケースとして登場します。
『調教師の笛の音により餌が来る。
笛が鳴った時にやっていたことと
同じ行動を後で行うと、
また「期待通りに」笛が鳴って餌がもらえる。
いわゆるオペラントの条件付けだ。
このあと2時間ほど待機するが、
彼女はここで、
一連のパターン=コンテキスト構造を
ルールとして学ぶ。
…中略…
彼女との関係の中で、
調教師は何度か関係性の規則を
破らざるを得なかった。
それに従来の方法で対応しようとして
彼女は闇雲にそれまでの行動を
繰り返したが、
その不毛さに、
その後八種類の
際立った精妙な演技を披露した。
彼女のようなイルカには
それまでみせたことのない行動だった。
他の哺乳動物との重要な関係性を
律する規則を誤解するような状況に
おいやられた哺乳動物は、
激しい苦痛勘と不適応症状を
呈することがある。
そして、
そうした「病変」への落ち込みを
「すり抜けた」、
あるいはそれに耐え抜いた動物にあっては、
創造性が促進されることがある
★
前回、底をついたらもっと掘れ、
という養老氏の言葉を紹介しました。
掘って掘って掘りまくって、
それでどうしようもなくなったら、
人は変わらざるを得なくなるから、
と私は受け止めています。
氏自身、
希望とは自分が変わること、
と述べていますしね。
これは、頑固な認知バイアスを保持する
依存症者(往々にして自分は至らない
存在であると同時に、周囲も至らない、
と思い込んでいて、
その根拠が揺らぐことはない)にとっての
“底つき”と
同様のことではないかと思います。
今の世の中は、ある種の優しさのために、
閉じこもった人を社会がそのまま
抱えてしまうケースがありますが、
これが変化を妨げているように思います。
変化は怖い。
進化はつらい。
今生きづらさを抱えて
追い込まれた感覚を持っているなら、
その感覚=不安を諦めに変えるのではなく、
闇雲でも思い込みでも構わないから
行動に変えることを試みてみては
いかがでしょう。
「何をやってもうまくいかない」
「また(よくない)同じ結果が起きるに違いない」
なんて限らないのですから。
本来、至らない自分など、
存在しないんですよ。
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ー今回の表紙画像ー
『虫取り撫子』
河原で時々見かける花です。ヨーロッパ原産。
名前とは裏腹に、食虫植物ではありません。
本日採集したナマズの赤ちゃん。

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