ドライブフォースという言葉を
ご存知でしょうか。
私は結構当たり前に使ってきた
言葉なのですが、
周囲に聞いてみたところ、
どうもそうでもないようです。
簡単に説明すると、
ドライブ→駆動、フォース→力。
つまり、ドライブフォースとは、
自分の内側から湧き上がり、
行動に駆り立てる力、
言う意味ですが、
特に、生きる原動力、という意味で
使用させていただくことが多い言葉でもあります。
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当ブログで取り上げさせていただく問題には、
人の関係の軋轢が付きまとったり、
何としても起こってほしくない出来事に
翻弄されたり、
ということが少なくありません。
そして、その根源には、
自分との関係の歪みが存在する、
というより、
自分との関係の歪みに気づいていない、
歪みと認識できていないということが
あることが多いように思います。
ただ、そうであること自体は、
ある意味仕方ないのかもしれません。
なぜかと言えば、
それ以外の指標を知らいないまま
生きてきたからです。
あるいは、
それ以外の指標を当てはめることが、
人生を変えることを知らないから、
ということもあります。
ただ、そうかと言って、
それ以外の指標を当てはめて、
その指標に従って行動したとしても、
実感も湧かなければ、
自分を引っ張ってくれる力も感じられず、
怖くて仕方ない上に不安になってしまうのも
もう一つの事実です。
結局、動けない、とか、
考えてばかりで動かない、
と言うのは
そう言うことだと思います。
当人にそのつもりはないにも関わらず、
結果として
知識ばかりをため込むことで、
最初は変化と希望を
つかみ取るために学び始めたことが、
反対に自分を停滞させる魔力に
変わってしまうのです。
その時には、
どこかで何かを『勘違い』して
しまっていることも起こりえているでしょう。
では、こんな状態の自分は
いったいどうしたらいいのでしょうか。
提案したいのは、
“遡っていく”ことです。
言い換えれば、
何のために生きているのか、
何のために生きてきたのか、を
もう一度自分の中に
しっかりと確認し、
あるいは求めていくことです。
これは、
人生のどこかで躓いた時には、
その大きなヒントになります。
例えば、
受験の失敗、
入社や転職の失敗、
失恋、離婚、
会社の人間関係が壊れた、
健康を損なったり事故を起こしたり、
といった、
自分自身が引き金となった出来事もあれば、
家族が壊れた、
大切な人が亡くなった、
会社が倒産した、
地震で家をなくした、など、
場合によっては自分には
どうしようもなかった数々の出来事。
人生にはほんとうに、
まさかと言うことが起こります。
先にも触れましたが、
私のように原家族が壊れることもあれば、
事故で体が不自由になったり、
文字通り突然組織を追い出されたり、
など、
予測不能な出来事が人生には
起こりえることは想像に難くありません。
その時、
絶望することはもちろんあるけれど、
私たちは往々にして、何とか生活を
それ、つまり思いもよらない出来事の
前の生活に戻そうとします。
『慣れ親しんだ』生活、
『予定調和』のある程度先が見える生活、
それが実はフェイクであったとしても
仮初の心の安定が感じられるはずの毎日を
取り戻そうとするわけです。
いずれにしても、
自分自身が混乱し、戸惑い、絶望するような
大きな出来事が起こったり、
継続的に起こり続けているのなら、
次のように自分と向き合ってみては
いかがでしょうか。
きっかけは何でもいいと思います。
自分が追い詰められ、
行き詰まり、
もうダメだと切に感じた時、
なぜそんな状態になるまで我慢して
自分を追い込み、破綻させようと、
しているのだろうか、と
自分自身に問いかけてみます。
それは仲間外れにならないように
周囲に合わせるためだ、とか、
これ以上罵られたり、
成績を下げられないためだ、とか、
これまでそうやってきたからだ、とか
生活を維持するためだ、とか、
自分自身を説得しようと
即座に出てくる理由がきっと
思い浮かぶでしょうが、
それらは脇に置きます。
そして、
自らにもう一度問いかけて、
何のため、をどんどん遡っていくのです。
きっと、そうやって真摯に遡っていくと、
『大切な人やモノや思い出』を
思い出させてくれます。
今の生き方が、
例え身体の奥底にまで刷り込まれた
恐怖によって過ごしてきたことだとしても、
実は、そのさらに奥には
何か守りたかったこと、
幸せなイメージ、
大切にしたかった誰かの存在が
あるのではないでしょうか。
それら、彼らは、
決して終わった何かではなくて、
今も自分を支えてくれている存在なのです!
問題があるとすれば、
いつの間にか、それらがあること、
というより、それらを内在化していることで、
イキイキと生きられることを
当然だと思い込んでしまって、
その前提で周囲に受け入れられようとして、
自分を世の中の基準に合わせ込んで
生きてくるうちに、
いつしかその当然だった存在が
見えなく、感じられなくなってしまった
ことにあるのかもしれません。
ならばもう一度、いや何度でも、
『そこ』、すなわち、今の自分につながる、
『大切な人やモノや思い出』、
つまり、
自分にとってのドライブフォースの源泉に
立ち戻って、
ドライブフォースが導いてくれようとしている
別の方向へ勇気をもって舵を切ることが
次の一歩なのではないかと思うのです。
その時、見失っていた、忘れていた、
そのドライブフォースの源泉である
大切な存在が自分の中でもう一度
動き出すようになるでしょう。
生きる気力が自然に湧き上がってきて
ドライブフォースとなって
気力など振り絞らなくても、
自身を駆動し始めるはずです。
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ー今回の表紙画像ー
『とある森から見上げた晩夏の青空』
曇った夕方の散歩で、お気に入りの木造の橋から雑木林を見る。
その散歩中に目の前を通り過ぎた蝶が木の枝にとまったので
オオムラサキか、と目を凝らしたが、
どうも違うみたい。
ググるとアカボシゴマダラと出てきた。

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