「俺さ、いじめられてるんだよね」
随分昔のことですが
こう伝えられたことがあります。
とある会社の職場で一緒だった同僚との
何気ない会話の折に出た言葉でした。
私と話す限りにおいては、
良くも悪くもくだらない馬鹿話が
続けられる人だったので
何かの冗談だと思って、
その時はそのまま聞き流したのを
覚えています。
特に面倒くさい人とか、
目に見えて嫌な感じなどは
受けたことはなかったので、
その表現には少々驚いきました。
いったい誰がそんなくだらないことを
するんだろうと、
いじめる相手の名を聞くと、
私も知ってる人ばかり。
しかも、その人たちは、
私と接する限りにおいてですが、
そうそう人をいじめるようには見えない
ごく普通の人たちでした。
ある人はおっとりしていて、
ある人はのんびりしていて、
またある人は根が明るかったり、
そんな人たちだったのです。
時折触れているように、
まだ斜に構えて世に対していた
若い頃の私にさえ、
敵意らしい敵意を見せなかった
人たちの名前が挙がったので、
なぜそうなんだろうと不思議でした。
もっとも、私の場合は
その人たちにもっと距離が近くて、
しかも周囲の中でもかなり尖っていたので、
何かやるととことんやり返しそうに見えた、
面倒くさい奴だったからなのかも
しれませんが…。
★
後年、心理の世界に学び、
自分と自分の両親から成る家族が
おかしくなっていったことと、
それまでの自分の生き方の本質とが
色濃く結びついて起こっていたこと、
そのメカニズムを理解し、
少しずつ自分自身とのつながりを
取り戻していく中で、
私は再び彼と会う機会がありました。
すでに彼と私の生きる場所自体、
異なっていましたが、
久々に会った彼は、
何か腹を立てているように感じられました。
挨拶がてら昔のように会話し始めて
しばらくすると、
彼は現在働いている場所で、
いじめられている、ということでした。
先述のとおり、以前は聞き流して
深入りしなかったので、
誰によって、以外の詳細は
わからなかったのですが、
しっかり状況を聞いてみると、
彼をいじめている人たちに対する
彼の反応もまた、
明らかに一線を超えてしまっているように
感じました。
私には見せなかった一面、
例えば、
彼のアウトプットの不備に注意してきた
相手を睨みつけたり、
会社のパソコンで作成した資料を
自分で作った自分のものだから
誰にも渡したくないと言って仕舞いこんだり、
いじめられたという相手とすれ違う時に
嫌な顔を浮かべて遠回りしたり、
会議時の相手のよく考えられてない発言に
あからさまに鼻で笑ったり、
上下も立場も関係なく、
そんなことをしていたと言います。
私が感じたのは、
そんなことをある意味得意げに
さらりと述べた彼の裏側にある、
どうしようもなく自分を認められず、
この世界に身の置き場を感じられない
自己の存在感の欠如の感覚でした。
そんな幼稚なことをする彼を
知らなかった私もまた、
人のある側面しか見ていなかった
わけなのですが、
そんなことを続けていれば、
いずれ人の輪からはじかれるのは
不思議でも何でもありません。
むしろ不思議だったのは、
そんな幼稚ともいえる行動を
なぜ彼が取ったのかということです。
少なくとも私は、
彼のフレンドリーな一面を知っていて、
そう振舞っていれば
嫌われることはそれほどないはずなのに、
(全ての人から好かれることもありませんが)
それを他の人々、
特に仕事の関係者との間では
とれなくなっている、というより、
実は当初からとれていなかった
ということになります。
なぜなのかなと、あらためて
学んできた知識と感覚とで
理由を考えても今一つよくわかりません。
そんな時、彼がポツリと一言
こう言いました。
「ま、結局俺が悪いんだけどね」
その言葉にこう直感します。
それは、
彼が彼自身をどうとらえているか、
ということでした。
彼が自分のことについて、
何をどう悪いと思っているか、
というのはあるでしょう。
ただ、彼の物言いは、
自分で自分の存在そのものを
否定しているように聞こえたのです。
あれ以来、彼と会う機会はありません。
★
個別の出来事における
彼の態度の良し悪しよりも、
自分自身の受け止め方が言動の根本に
あらわれるというのは、
ごく自明なことだと私は考えています。
自分の短所を責めたり、
蔑み、忌み嫌いながら、
日々を生きていても、
人との関係は安定しません。
人が周りにたくさんいることが
良いわけではありませんが、
少なくともごく常識的な人との関係が
安定している人は、
その人数の多寡はともかく、
自分の弱さや欠点を受け入れているように
思うのです。
人が寄ってくることが良いかどうか、
というのはあるかもしれませんが、
大切な人も好きな人もなく、
困った人ばかりが安定して
近くにいるような状況は
今の自分の受け止め方を
見事に表しているのではないでしょうか。
嫌な雰囲気を醸している人と仲良くなるのは
自分のことを嫌な奴だと思っている
人になります。
嫌な雰囲気とは、
自分と仲良くできないが故に、
そして自分で自分を虐めているものだから、
他者のちょっとした言動にも
攻撃性を感じて仕返ししようとする、
自分の中では自分が被害者で、
でも心のどこかではそれを招いているのも
自分だと知っている自分もいて、
それには対処できず、
あくまで外側の問題に帰結しようとする、
そんなことです。
もしかすると、
哀しい生い立ちがあったのかもしれないし、
大きな辛い出来事の故なのかもしれない、
もっとシンプルに寂しいのかもしれません。
ただ、なぜそうなのかを
真摯に向き合う場所と時間を持って
自分と繋がりなおさない限り、
よくなることはまれです。
ほんとうに、よく言われるように
目の前に安定的にあらわれる人は、
自分の鏡ですよね。
なぜなら、自分との関係がそのまま
他者との関係になるのだから。
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ー今回の表紙画像ー
『畑から青空を見上げる』
とある日の夕刻、ベランダから空を撮る。
撮影は、普段と全く同じセッティングだが見事なセピア色。
暗さと雲の状態がその向こうにある夕陽の色をこんな風に
演出してくれているのかな。

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